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2018.01.24

堤 博明『TVアニメ『クジラの子らは砂上に歌う』オリジナルサウンドトラック 心(きろく)~Record~』レビュー

堤 博明『TVアニメ『クジラの子らは砂上に歌う』オリジナルサウンドトラック 心(きろく)~Record~』レビュー

ドイツで録音したオーケストラ曲や民族音楽の要素を取り入れた楽曲、作品の世界観を鮮烈に印象づけた「心(きろく)の唄」やエマ(CV. 加隈亜衣)が歌う劇中歌「光の唄」など、全52曲を収録したサウンドトラック。

2017年10月から12月にかけて放送された梅田阿比原作のTVアニメ『クジラの子らは砂上に歌う』。砂の海をあてどなくさまよう漂泊船「泥クジラ」を舞台に、そこに暮らす人々を待ち構えてる過酷な運命と、それに立ち向かわんとする少年少女たちの物語を描いたハイ・ファンタジー作品だ。独特な世界観にて繰り広げられるストーリーと、色彩豊かな映像が人気を呼んだ今作は、Netflixにて全世界への配信も決まっている。

音楽を担当しているのは堤 博明。ミラクル・バス所属の作曲家として、『クロムクロ』『orange』『ろんぐらいだぁす!』『潔癖男子!青山くん』(大隅知宇と共作曲)、『からかい上手の高木さん』など、アニメ作品の劇伴を数多く手がけている。今作では民族音楽の要素を取り入れた楽曲と、ドイツ録音のオーケストラ楽曲により、作品世界のイメージを音像化している。その劇伴を収録した『TVアニメ『クジラの子らは砂上に歌う』オリジナルサウンドトラック 心(きろく)~Record~』がリリースされた。

●『クジラの子らは砂上に歌う』の音楽について詳しく話を聞いた堤 博明インタビューはこちら

イシグロキョウヘイ監督の作品では、『ランス・アンド・マスクス』に続き、二度目の音楽担当となる堤だが、今作では監督からの〈ユニゾン〉〈土着的〉〈プリミティブ〉というキーワードを元に楽曲を制作している。〈ユニゾン〉とは、同じ旋律を同時に演奏することを指す音楽用語で、音や声の厚みによって、その旋律を強調することができる。その手法からは、「泥クジラ」で生きる人々の力強さや絆の深さを音楽にて語ろうとする、監督の意図もうかがえる。

〈土着的〉〈プリミティブ〉は、外界と孤絶した共同体「泥クジラ」の音楽的イメージを示すにもっともふさわしい言葉だろう。その世界観が表れた楽曲の多くは生楽器を主体に制作されている。アコースティックギターやピアノ、ヴァイオリンなどの弦楽器はもちろんのこと、ほかにも様々な楽器を使用しているのが、今作の劇伴の大きな特徴だ。

マンドリンやリュート、リゾネーター・ギター(ダイアー・ストレイツのアルバム『Brothers in Arms』のジャケットでもおなじみの楽器)などの弦楽器や、ケルト音楽でよく使用される縦笛ティン・ホイッスル、アイルランドのバグパイプであるイーリアン・パイプス、アルメニアの木管楽器・ドゥドゥクなどの民族楽器を使用。アイリッシュ音楽に通じる牧歌的な雰囲気や、中近東を思わせる遠い異国的な情緒……楽器由来の音楽的なイメージがほのかに香るも、やはりどこでもない『クジラ』の世界固有の音楽としてまとまっている。

ギター類の楽器は堤のもので、演奏も自身が担当。高校生のとき、ギターマガジン主催のコンテストにてグランプリを受賞、その後もギタリストとして数々のレコーディングに参加している堤。カンテレや三線なども奏でる、プレイヤーとしての側面も今作に表れている。ティン・ホイッスルやイーリアン・パイプスを演奏しているのは野口明生。堤と同期で国立音楽大学のピアノ科を卒業後、独学でこれら楽器を始め、今やチーフタンズと共演するまでとなった。NHKの連続テレビ小説「マッサン」で彼の演奏を耳にした人も多いのではないだろうか。このような卓越した演奏を味わうことができるのも今作の魅力のひとつである。

サウンドトラックは、OP&ED主題歌のTVサイズを含む計52曲を収録。CDでは2枚組となるボリュームだ。そのDisc1となる28曲目までは、先に挙げた生楽器による演奏や、室内楽的な楽曲を主に収録している。ティン・ホイッスルが柔らかにメロディーを紡ぐ「楽園」や、せせらぎのようなマンドリンが美しい「飛蝗の夜」など平穏な日常を描いた曲から、軽やかにリズムが弾む「砂の戯れ」、弦楽合奏にエスニックの要素を融合させた「異国の主」などの賑やかなで躍動的な楽曲、乾いた弦の響きが印象的な「逸れた闇」や、重たいパーカッションが怪しげな雰囲気を醸し出す「襲撃前夜」など、豊穣な音色が情景を鮮やかに映し出す。ピアノの打鍵とドローンが入り混じる「アパトイア」や、深遠な闇を照らす「濡烏」といったアンビエント/音響の曲も収録されており、「ハイパーグラフィア」はマックス・リヒターの初期作品に通じる叙情性が感じられる。砂の音や鉛筆の音を織り込んでいるのも効果的で、ますます想像力を刺激する。

大編成のオーケストラによる楽曲もこの劇伴の特色。Disc1の終盤、またDisc2にはドイツのバーベルスベルクで録音されたオーケストラ曲が多く収録されている。バーベルスベルクは、20世紀初頭にヨーロッパ最古の撮影所が作られ、『カリガリ博士』『メトロポリス』『嘆きの天使』など映画史に残る名作が生まれた場所。東西統一後は『ワルキューレ』『イングロリアス・バスターズ』『ブリッジ・オブ・スパイ』などのハリウッド映画や、『戦場のピアニスト』といったヨーロッパ映画が制作されている。この映画都市バーベルスベルクで活動する“バーベルスベルク・フィルム・オーケストラ”が今回演奏に参加。映画音楽だけでなく、ラムシュタインやナダ・サーフとの共演など、幅広く活動中の彼らがシネマティックな壮大なサウンドで『クジラ』の物語を奏でている。

砂の海に浮かぶ「泥クジラ」を描く「砂塵の檻」に続く、24曲目「惨劇の鐘(ベル)」では、そこで起こる無情な戦いをダイナミックな演奏で表す。大波が次第に迫ってくるような「スキロスの侵略」、過酷な運命に抗う決意を示した「流刑の民の選択」、ノイジーな弦楽器とコーラスを加え緊迫感を高めた「引き剥がされた楽園」、起伏に富んだ展開でドラマチックに情景を描き出す「鯨の戦塵」など、激動する展開に深く関わりながら、これらオーケストラ曲が作品内で使用されていることが改めてわかる。

そして、今作では「歌」が大きな役割を担っている。サウンドトラックの1曲目には「心(きろく)の唄-PV ver-」を収録。この歌はTVアニメ放送前に公開されたPV第1弾で使用され、映像とともに『クジラ』のイメージを鮮烈に印象づけた。当時14歳だった松井月杜の歌声は中性的で、また触れれば崩れ落ちてしまいそうな繊細さも併せ持ち、その能力がゆえ若くしてこの世を去る“印”たちの儚い命をそのまま映し出しているようだった。サウンドトラックには、ドイツで伴奏を録り直した「心(きろく)の唄-TV track ver-」も収録。楽曲の後半に向けて次第に音数を増したアレンジになっており、祈りにも似た斉唱と陽の光が差し込んでくるようなサウンドが、「泥クジラ」のあらたな旅の始まりを告げている。

CDではDisc2の1曲目、配信では29曲目に収録されている「光の唄」も深く印象残る一曲。第7話では砂嵐の中、戦艦に乗り込むオウニやチャクロたちを見守るように、第8話では戦いに傷つく人々を慈しむように、「泥クジラ」の上でエマが歌っていた。この曲はネリとエマの双子で歌っており、片方が主旋律を追っかけたり、また片方がコーラスに切り替わったりと、ふたつの声が次々に交差する、複雑な歌唱となっている。そして、いちばんのポイントは、ユニゾンで歌われる「心(きろく)の唄」に対して、「光の唄」はハーモニーで歌われていること。異なる音程の歌声を重ねるハーモニーは、一体感の強いユニゾンより、それぞれの声の個性が引き立つ。また押し出すようなユニゾンに比べると、広がりが感じられ、包み込むような雰囲気もある。こういった作用も踏まえて、また作品内容やネリとエマのキャラクターと結びつけながら、ていねいに楽曲が制作されているところも、こだわりを詰め込んだ『クジラ』の音楽ならでは。「心(きろく)の唄」「光の唄」どちらも歌い継がれてきた「トラディショナル」といった雰囲気があり、「泥クジラ」の文化的背景もうかがえるような、深みのある仕上がりとなっている。

ハイレゾは定位が明瞭で、「砂の戯れ」では楽器のそれぞれの位置も掴みやすく、奥行きのある立体的な音の鳴りとなっている。シンプルに爪弾かれる「若芽色の弦」は、ギターがこちらに寄り添っているような、親密さも感じられる。逆にリュートと12弦ギターが切っ先鋭く、丁々発止と渡り合う「狂気の2人」では、荒々しい演奏の空気感が生々しく伝わってくる。楽器のリアルな質感はもちろんのこと、「スナモドリ」後半の遠くから呼びかけているような笛の響きや、「飛蝗の夜」のピアノの輪郭の淡さなど、楽曲によって音場や音像がそれぞれ異なっており、こういった点に注目しながら聴き比べるのも面白い。

オーケストラの楽曲では、果てしない砂の海を映し出す広大なスケールと、豊かな低域が生み出す音の迫力を体感できる。「砂塵の檻」では音の強弱の幅が広くとってあり、ハイレゾの情報量の大きさも感じられる。余裕のある空間を最大限活用して、音を目一杯鳴り響かせているといった、贅沢なサウンドの仕上がりだ。

「心(きろく)の唄」ではメインのボーカルを務める松井月杜の声の微妙なゆらぎを捉え、「光の唄」ではふたりのボーカルのニュアンスをていねいに描写。ふたりの距離が縮まり、声が重ねるラストも聴きどころだ。「煌めく命」は厚みのあるコーラスが力強さを増しながらも、西田真以の華麗なソプラノがいっそう際立つ。多層的なクワイアが神秘的な空間を作り出す「魂形(ヌース)-情-」や、空気に溶け込むようなコーラスが安らぎを与える「秘色の唄」など、解像感が歌声をさらに鮮明に浮かび上がらせる。

これまでにはない試みを取り入れ、多彩なサウンドで『クジラ』の音世界を構築した楽曲の数々。それは情景だけでなく、そこに生きる人々の想いや命の鼓動までをも写し取ろうとしている。実に聴きごたえのあるサウンドトラックだ。なお堤と笛系を担当した野口明生、この劇伴では日本サイドのストリングスをまとめる白須 今の3人は、“Shikinami”というグループでニューエイジ・ミュージックを基調とした楽曲を演奏している。このサウンドトラックを気に入ったならば、彼らの活動もぜひチェックしてみてほしい。

© 梅田阿比(月刊ミステリーボニータ)/「クジラの子らは砂上に歌う」製作委員会

堤 博明
TVアニメ『クジラの子らは砂上に歌う』オリジナルサウンドトラック 心(きろく)~Record~

Lantis
2018.01.24

FLAC・WAV 48kHz/24bit、WAV 48kHz/32bit
ハイレゾの購入はこちら

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 収録曲

 1.心(きろく)の唄-PV ver-
   作詞:梅田阿比 作曲・編曲:堤 博明

 2.その未来(さき)へ(TVsize)
   作詞・作曲:RIRIKO 編曲:原田アツシ(Dream Monster) 歌:RIRIKO

 3.ハイパーグラフィア

 4.楽園

 5.砂の戯れ

 6.無印の長

 7.指組み

 8.アパトイア

 9.濡烏

10.魂形(ヌース)-情-

11.砂上の虹

12.若芽色の弦

13.砂色の弦

14.心との再会

15.飛蝗の夜

16.泥クジラの過去

17.スナモドリ

18.ウラバヤナギ

19.ファレナの双子

20.不穏な予感

21.逸れた闇

22.砂葬曲

23.砂塵の檻

24.惨劇の鐘(ベル)

25.無情の咆哮

26.サイミア

27.白縹の唄

28.その未来(さき)へ-Guitar ver-

29.光の唄
   作詞:梅田阿比 作曲・編曲:堤 博明 歌:エマ(CV. 加隈亜衣)

30.流刑の民の選択-Quartet ver-

31.砂塵の檻-Emotional Cello ver –

32.襲撃前夜

33.砂嵐の対峙

34.スキロスの侵略

35.物語る異端者

36.死神の行列

37.道化の獅子

38.狂気の2人

39.銀灰色の弦

40.ハシタイロ-Piano ver-

41.異国の主

42.新たなる鍵

43.秘色の唄

44.流刑の民の選択

45.引き剥がされた楽園

46.魂形(ヌース)-命-

47.ファレナの悪霊(デモナス)

48.鯨の戦塵

49.煌めく命

50.希望の船出

51.心(きろく)の唄-TV track ver-
作詞:梅田阿比 作曲・編曲:堤 博明

52.ハシタイロ(TVsize)
   作詞・作曲・編曲:rionos 歌:rionos

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