REPORT
2025.12.26
楠木ともりにとって、2025年はとりわけ思い出深い年になったのではないだろうか。声優としては『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』をはじめ多数の話題作に出演する一方で、アーティスト活動はメジャーデビュー5周年を迎え、2ndアルバム『LANDERBLUE』をリリース。3月には自身初の対バンイベント“TOMORI FES.”を開催、夏には東名阪Zeppツアーを行うなどライブの機会も多くあった。そんな彼女の年末恒例の行事といえば、バースデーライブ。今年は26歳の誕生日当日となる12月22日、しかも会場は2019年のバースデーライブ“WRAPPED///LIVE廿”でメジャーデビューを発表した場所・EX THEATER ROPPONGIでの開催。いろんな意味で特別を感じさせるこの日のライブ「TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2025 “LAPIDARIES”」のレポートをお届けする。
PHOTOGRAPHY BY 高田 梓
TEXT BY 北野 創
先述した通り、楠木が本会場でワンマンライブを行うのは6年ぶり2度目となるわけだが、前回と大きく異なっていたのが客席側の形式。2019年の公演は座席が用意されていたが、今回はメインフロア(アリーナ)の座席を取り払ってスタンディング形式に。後のMCで楠木本人が語ったところによると、同じくスタンディング形式だった“TOMORI FES.”で手応えを感じ、ワンマンライブでは初のスタンディングを導入することに決めたのだという。アリーナに座席が無い分、観覧スペースが広くなり、前回よりも会場のキャパシティは増えたわけだが、チケットは完売し、機材席を開放して追加販売するほどの盛況ぶり。そんなところからも、この5年での彼女のアーティスト活動の広がりが伝わってくる。
本公演のライブタイトルの“LAPIDARIES”とは“宝石細工職人(ラピダリー)”を意味する言葉。彼女の誕生石であるターコイズの名称を冠した2ndアルバム『LANDERBLUE』からの繋がりも感じさせるタイトルだが、楠木は毎回、言葉ひとつひとつの意味合いを大切にライブコンセプトを考案していることから、きっとそれ以上の意図を込めているはず。そんなことを考えながら、楠木の実姉が選曲したという開演前BGMに耳を傾けていると(この日はアンビエント~テクノ系の選曲が目立っていた)、会場が暗転してついにライブがスタートする。
始まりを告げたのは、2ndアルバム『LANDERBLUE』の1曲目にも配されていた「twelve」。ステージには暗幕が下りたままで、その前に一人で登場した楠木は、天井から照射されたレーザーが象るスクエア状の空間の中で、スモークに包まれながら幻想的な歌声を紡いでいく。まるでこれから始まる物語の語り部のように、オーディエンスを自らの世界に誘うと、ドラムのカウントと共に暗幕が落ちてステージとバンドメンバーが姿を現し、次曲「風前の灯火」へ。バンドによる端正かつ荒々しいグルーヴに身を委ねながら、先ほどとは一転して感情をむき出しにするように歌う楠木。オールスタンディングで熱狂するフロアの景色と、彼女のライブでは初となるレーザー演出のギラツキ感も相まって、いつも以上に“灯火”が燃え上がっている印象だ。
そこから間髪入れず中村未来(Cö shu Nie)提供の妖しく情熱的な「BONE ASH」に繋げ、楠木は紫や濃いピンクのライトに彩られたステージを動き回りながら、気怠くも激しくもある歌声で会場を翻弄していく。ラストのフレーズ“体を包む 灰を吹け”の後のフッと吹くようなブレス音もゾクッとなるような雰囲気があった。とはいえ、MCパートではいつも通りの快活な語り口。「ヤバいね、スタンディング!あつっ!」と、観客の熱狂ぶりに歓びの声で応える。この日の楠木は、カラフルな柄の入ったつなぎをイメージしたセットアップに白いエプロン風の飾り衣装を合わせた“宝石細工職人”仕様のコーデ。EX THEATER ROPPONGIでの思い出を語りつつ、ライブを次のブロックに進めていく。
再びライブの世界へと没入させるようなイントロダクションを挿み、次に届けられたのは『LANDERBLUE』収録の新曲「Nemesia」。シャッフルリズムのソウルフルなサウンドと、サビの“紡いで 思うがままに 特別じゃなくていいよ”をはじめとしたポジティブなメッセージが、会場からクラップを引き出して一体感を作り上げていく。2番の出だし“ひょっとして落ち込んだ?”の箇所では、楠木がステージの前方でしゃがみ込んで、すぐ目の前にいる観客に語り掛けるように歌唱。楽曲の世界観に合わせて表情を様変わりさせる“憑依型アーティスト”の気質を持ち合わせつつ、決してファンとの距離を感じさせることのないステージを届けるのは、楠木ともりの大きな魅力のひとつだ。
かと思えば続く新曲「優等生」では、かつて自身も味わったという“優等生”と見られるが故の苛立ちや苦悩を感情的なボーカルと共に吐き出していく。特にラスサビ前、楠木にピンスポットが当たるなか、歌声にエフェクトがかかり、感情を荒げるように歌う様は、この5年で楽曲制作やステージにおいてより素直な自分を表現できるようになったからこそのアプローチだったように思う。
さらに5th EP『吐露』(2024年)収録の「NoTE」でさらにディープな心情を開示。序盤は直立して真摯に言葉を届けるように、そこから曲が進むにしたがって気持ちが高ぶっていくような歌い口が、会場をエモーショナルに染め上げていく。締めの“生きる僕は死んでいく”というフレーズでの諦念も感じさせるような弱々しいつぶやき、その後のアコギによる哀愁を帯びたアウトロが余韻を残す、心に迫る名演だった。続いて歌われた「DOLL」の優雅さのなかに毒やトゲを忍ばせた表現を含め、アーティスト・楠木ともりの真髄に触れられるようなブロックだった。
その後のMCで2025年の音楽活動を振り返り、2ndアルバム『LANDERBLUE』について、ベストアルバム的な趣きの強かった1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』に対して、よりコンセプチュアルかつ応援してくれるファンへの想いもたくさん乗せたアルバムになったと語る楠木。筆者が取材した際も「お守りやパワーストーン的な役割を持てるアルバムにしたい」と語っていたが、『吐露』以降、より雑念なく自然体で音楽と向き合っているような雰囲気が今の彼女にはある。それはこの日のライブでも感じられたことだ。
早くもライブは折り返し地点ということで、楠木が「後半戦、盛り上がっていきましょう!」と会場に檄を飛ばすと、彼女の持ち曲の中でも屈指のアグレッシブさを誇る変拍子ロックチューン「遣らずの雨」に突入。どしゃ降りの雨のように降り注ぐレーザー演出、スタンディングで熱狂する会場にあてられてか、いつも以上に感情を爆発させて歌う楠木の姿が、オーディエンスのボルテージをさらに上昇させる。ラスサビで天高く手を掲げて救いの雨を求めるように歌う様子もまた鮮烈だった。
空間をたゆたうようなウィスパーボイスとUKガラージ由来のダンサブルなビートが心地良い時間を作り上げた「MAYBLUES」に続いては、シンガーソングライターのAAAMYYYから楽曲提供を受けた2ndアルバム『LANDERBLUE』収録曲「浮遊」へ。シンセや打ち込みを軸にしたエレクトロニックなサウンドをバンドがタイトな演奏で再現するなか、楠木は前曲とはまた異なる生々しさを湛えたウィスパーボイスで楽曲を表現。全体的に照明を暗く落としたステージの密室感も相まって、夜のたまりに言葉が沈殿していくようなイメージが浮かぶ。だが、ラスサビでそれらが一気に浮上するような感覚。照明で楠木の足元に浮かび上がった星の紋様も合わさって、ひとつのストーリーを紡ぐようなパフォーマンスになっていた。
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