REPORT
2023.10.01
いわゆるコンサート的な意味合いでの“ライブ”というよりも、1人の人間が舞台上で剥き出しの自分自身を表現する、総合芸術としての“ライブ”を観た、という感覚が近いかもしれない。声優・シンガーソングライターの楠木ともりが、1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』を携えて全国6都市を巡ったライブツアー“TOMORI KUSUNOKI LIVE TOUR 2023 『PRESENCE / ABSENCE』”。そのファイナル、9月2日に行われた東京・TOKYO DOME CITY HALL公演で、彼女は驚くほど純粋に、自らをさらけ出していた。自分という“存在”がここにいることを証明するために。そして、同じ時間や気持ちを共有し合える人々の“存在”を確かめるために。
TEXT BY 北野 創
“存在(=PRESENCE)”と“不在(=ABSENCE)”、表裏一体ともいうべき2つのコンセプトに貫かれたアルバムの世界観を反映した今回のツアー。それぞれ生け花とドライフラワーをあしらって“存在”と“不在”の二面性を表現した二脚の椅子、鉢植えをぶら下げた照明など、アルバムのビジュアルともリンクする“花”をモチーフにした舞台セットがステージを彩るなか、ライブは『PRESENCE』と『ABSENCE』の各収録曲を行き交うような形で進行していった。
幕開けを飾ったのは『PRESENCE』のリード曲「presence」。楠木自身が作詞・作曲を手がけた、“なんで?なんで?”“これでいいのか?”と自問自答しながらも最終的には“僕でいいんだ”と光明を見出すロックナンバーだ。迷いもそのまま乗せた歌詞が彼女らしいし、楽曲自体も爽快さを軸にしつつどこかもがきを感じさせるところがポイントだが、そういったもやもやを吹き飛ばそうとするような体当たりの歌声が、ライブならではの迫力を増加させる。そこから「行けるか、東京!」と檄を飛ばして、TOOBOE提供のワイルドなファストチューン「青天の霹靂」に突入。身を屈めながらの吐き捨てるような歌唱に、客席も熱狂的な掛け声やクラップで応える。今回のツアーは、コロナの禍中でメジャーデビューした彼女にとって、待望の声出し解禁ライブということもあり、ファンの熱気もいつも以上のものを感じさせる。
軽い挨拶のMCを挿み、メジャーデビュー曲「ハミダシモノ」で“はみ出し者”としての矜持を力強く示すと、続いてCö shu Nie提供の「BONE ASH」を披露。バックバンドの激情的な演奏もさることながら、楠木の身も心も振り絞るようなパフォーマンスが狂おしい光景をステージに現出させる。自ら作詞・作曲を行う楠木にとって、他アーティストから歌詞を含む楽曲提供を受けるのは、1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』における新しい試みの1つだったわけだが、どの楽曲も違和感なく溶け込んでいるのは、各アーティストがそれぞれの視点を通した“楠木ともりという存在”を楽曲に落とし込んだのに加えて、彼女自身の表現力と感応性の高さ、各楽曲の世界観に没入する憑依的な資質の賜物だということを、生のステージで改めて実感することができた。
それら激しいサウンドの2曲に続いては、バラード調ながらも感情を激しく揺り動かす2曲を連続で歌唱。家族や身近な人々への気持ちを形にした「バニラ」では、例えどれだけ時間が経ったとしても在り続ける大切な“声”と“思い出”の残り香を、バンドのドラマチックな演奏と共に表現。ドライフラワーをあしらった側の椅子に座って歌われた「absence」は、彼女が退職したマネージャーとの日々を思い返して書いた楽曲で、その“不在”を嘆くように、どこか弱々しさも感じさせる感傷的な歌声で届ける。根幹にあるテーマは近いながらも、それぞれ“存在”と“不在”のアングルを持つ対照的な2曲が続くことで、ある種のストーリー性と同時に、彼女自身の表現における“二面性”という本質が浮かび上がってくる。
それをより如実に体感できたのが、次のMCパート。楠木は先ほどまでのシリアスな雰囲気から一変し、天真爛漫かつ気さくなノリで観客との交流を楽しむ。ライブでは毎回、目についた客席のファンに向けて直接話しかけがちな彼女だが、この日は観客の声出しも解禁ということで、『PRESENCE』と『ABSENCE』の2枚のアルバムのうち片方しか購入していない人に手を挙げさせてその理由をあくまでも優しく詰問するなど、軽妙な語り口で笑顔の絶えない時間を作り上げる。緊張と緩和、その絶妙なバランス感覚もまた、楠木のライブにおける大切な要素なのだ。
お次は「みんなが動いて楽しめるようなブロック」とのことで、まずはライブの定番曲となりつつある「もうひとくち」を披露。オーディエンスは横揺れのグルーヴに合わせてクラップするのみならず、“ドーナツ覗いたら”の部分で指を輪っかを作るといった楠木の愛らしい振りをマネするなど、思い思いのスタイルで体と心を揺らせて楽しむ。続くmeiyo提供の「StrangeX」では、甘やかなささやきボイスと異国情緒溢れるストレンジポップなサウンドで不可思議な世界観を演出。そして彼女はステージ下手側の生花をあしらった椅子に座ると、変拍子交じりのアップナンバー「Forced Shutdown」を歌い始める。1番は座りながら爆発しそうな感情を抑え込むかのように、その後、立ち上がってからも感情の波に溺れるかのように、自らを激しく発露させるその姿には、ある種の生々しさが感じられる。そこからピアノの幻想的なイントロを経て、楠木の「雨が……」というつぶやきを合図に「遣らずの雨」へ。土砂降りのように打ち付ける音の雨の中で、遠ざかってしまった“君”へのどうしようもない悲しみを叩きつける。
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