ジャズを志す青年たちの成長を描き、連載スタートから10年を数える大人気マンガが、満を持して初の映像化。2023年2月17日公開のアニメーション映画『BLUE GIANT』が大きな評判を集めている。公開から1ヵ月が過ぎた今も、口コミで客足を伸ばし続け興収ランキングでも上昇気流に乗る勢いだ。原作を知らなくても、ジャズを聴いたことがなくても楽しめる、そんな本作が投げかける魅力の正体を今改めて検証する。
TEXT BY 阿部美香
エンドロールが終わり、余韻の中で椅子に背中をグッと預けた。劇場の四方から否応なく浴びせかけられた圧と熱に、体中を巡る血が沸き立たされ、終わっても余韻が収まらないあの感覚。これは面白い。“必ず映画館で観るべき映画”をいま挙げるとすれば、その筆頭に『BLUE GIANT』が来ることは間違いない。
映画の見どころは何といっても、実力派ジャズミュージシャンが“音”によって登場人物たちを演じた圧巻の演奏シーン。音楽を担当したのは、奔放な感性と超絶技巧を武器に世界的に活躍する“天才”ピアニスト・上原ひろみ。主人公たちが青春を注ぎ込むトリオ・JASSのオリジナル楽曲を書き下ろし、上原自身が演奏にも参加した。オーディションで満場一致で選ばれたというテナーサックス奏者・馬場智章、King Gnuの常田大希のプロジェクト・millennium paradeのドラマーとしても有名な石若駿とともに、原作で“音が聞こえる”と評された迫力満点のセッションを、音楽識者がこぞって“まるでライブハウスにいるようだった”と評したように体現している。
JASSが小さなライブハウスの初ステージで演奏し、この映画で描かれる人間ドラマを最後まで牽引し続ける、力強いセリフが印象的な楽曲「FIRST NOTE」。地域ジャズフェスティバルでベテランミュージシャンに若さとキャリアを見下されながらも気迫あふれる演奏で観客を魅了した「N.E.W.」。ジャズのことはよく知らないという人も、この2曲を聴いただけで、“ジャズらしさ”を感じつつ、 “本物ってすげえ!”と揺さぶられるはずだ。本作が劇中のJASSサウンドを“本物のジャズ”として丸ごとぶつけ、音楽の魅力で圧倒した功績は大きい。それをしっかりと受け取るには、ぜひ音響設備のいい映画館で観てほしい!という願いもある。
だが本作に流れている圧倒的な熱と圧は、音楽だけの力ではない。作品の魅力の圧倒的コアにあるのは、ジャズに懸ける青年たちの葛藤、苦悩とそれを打破するための泥臭い努力と成長が、良質で群像劇的な青春スポーツマンガ&アニメと同じ感動を呼び起こすからだ。
地元・仙台で生のジャズライブに感銘を受け、独学でテナーサックスを始めて“世界一のジャズプレーヤー”になる!と上京する宮本大(CV:山田裕貴)は、どんな酷評を受けても己を曲げず、あふれる衝動のままポジティブに真っ直ぐ突き進み、仲間を鼓舞しながら才能を開花させる“スポ根”作品のヒーローそのままの牽引力を持続する。東京で大と出会う秀才ピアニストの沢辺 雪祈(CV:間宮祥太朗)は、子どもの頃から培った知識によるテクニックを、日本一のジャズクラブ「SO BLUE」の支配人が放った“小手先だけの技術のつまらない演奏”という言葉に打ちのめされ、悩み苦しむ。大の友人で先に上京し、手応えのない大学生活を送っていた玉田 俊二(CV:岡山天音)は、大のジャズへの情熱に感化されゼロからドラムを始めるが、当然、大と雪祈の演奏にはついていけるわけもなく、自分のレベルの低さに愕然とし、バンドのメンバーでいることに葛藤する。そして大はもちろん、雪祈も玉田も血の滲むような猛練習を重ね、自らの苦悩に打ち勝っていく。
こうした熱いキャラクターと熱い展開が、原作マンガの東京編をギュッと凝縮した2時間の中にも丁寧に描かれているからこそ、クライマックスに置かれた彼らの夢、「SO BLUE」での演奏シーンが、よりカタルシスを植え付ける。「原作を知らないから、ジャズを聴いたことがないから『BLUE GIANT』はちょっと敬遠してた」という人にこそ、彼らの濃密で垢抜けない人間ドラマは、よりぶっ刺さるに違いない。もっと言えば、“ジャズはお洒落な大人が聴く音楽”的な固定観念も、きっと覆してくれることだろう。
本作の音楽にまつわる事柄で、個人的に「おっ!」と思った点も少し。それは、「神は細部(ディテール)に宿る」の有名な言葉を思い起こす演出が随所にあることだ。ジャズ独特の表現についての言及やジャズミュージシャンの知識も、さりげない会話や画や音の表現で、押しつけがましくなく忍ばせてあるのがいい。
例えば大がレコード音源の知らない曲を聴いて、プレーヤーがソニー・ロリンズではなくソニー・スティットだと指摘する場面。あるいは玉田が通うドラム教室で、小さい女の子が完璧なジャズドラマーと称されるケンドリック・スコットのようだと褒められたのに、「私、(ザ・フーの)キース・ムーンがいい」と言い返した場面(笑いを堪えたぞ、私は!)。演奏シーンも同じだ。大がサックスを構えたときにストラップをはめる音やキーの開閉音。玉田が最初に出すスナップの、効きが悪そうな固くてずれたリズムや叩きどころが悪そうなシンバルの響き。ライブ会場による音響の違い……などなど、ここぞという場面のディテールにこだわっていることが、より本物感を高めてくれる。
さらに個人的には、ジャズクラブ「SO BLUE」のモデルになっている東京・青山のブルーノート東京がリアルに再現されていたことも嬉しかった(楽屋に通じる廊下の様子までそのままだったあたりもグッときた)。原作マンガにはこの他にも細かいディテールがしっかりと描かれているので、『BLUE GIANT』をより深く味わうにあたって、“映画から原作へ”という矢印ももちろん有効だ。
原作の話ついでに、これまた個人的な感想を1つ。コミックス第1巻に、サックスを始めたての高校生の大が、消耗品であるリードを買いに行く場面がある。「リード代は高いだろう?」と楽器屋の店主に言われた大は、“だから自分は竹を削って作ってみたが音が鳴らない”と答えて笑われるのだが、今では名手と呼ばれるプロミュージシャンに、よく似た逸話があったことを思い出した。ジャズの聖地・ブルーノート東京でも2度にわたりワンマンライブの経験があるロックユニット・GRANRODEOのギタリスト/コンポーザーのe-ZUKAのエピソードだ。そのe-ZUKAは、かつて大と同じく楽器の知識がほぼないまま、テレビで観た洋楽ロックバンドに憧れて小学校中学年でエレキギターを弾こうと思い立ったが、ピックが楽器屋で売っていることを知らなかったため、文房具の下敷きを三角に切って使っていたのだそうだ。
予備知識など何もなくても「とにかくコレをやりたい!」とあふれ出る情熱は、誰も止められない。『BLUE GIANT』は音楽に限らず、全ての初期衝動の大切さを思い出させてくれる。
●作品情報
映画『BLUE GIANT』
全国公開中
原作:石塚真一「BLUE GIANT」(小学館「ビッグコミック」連載)
監督:立川譲
脚本:NUMBER 8
音楽:上原ひろみ
キャラクターデザイン・総作画監督:高橋裕一
メインアニメーター:小丸敏之、牧孝雄
ライブディレクション:シュウ浩嵩、木村智、廣瀬清志、立川譲
プロップデザイン:牧孝雄、横山なつき
美術監督:平栁悟
色彩設計:堀川佳典
撮影監督:東郷香澄
3DCGIディレクター:高橋将人
編集:廣瀬清志
声の出演/演奏:
宮本大 山田裕貴/馬場智章(サックス)
沢辺雪祈 間宮祥太朗/上原ひろみ(ピアノ)
玉田俊二 岡山天音/石若駿(ドラム)
アニメーション制作:NUT
製作:映画「BLUE GIANT」製作委員会
配給:東宝映像事業部
●リリース情報
『BLUE GIANT オリジナル・サウンドトラック』(SHM-CD)
発売中
価格:¥3,300 (税込)
品番:UCCJ-2220
アナログ盤『BLUE GIANT オリジナル・サウンドトラック』(初回プレス完全限定盤)
2023年4月19日発売
価格:¥6,050(税込)
品番:UCJJ-9039/40
©2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©2013 ⽯塚真⼀/⼩学館
映画『BLUE GIANT』公式サイト
https://bluegiant-movie.jp/
映画『BLUE GIANT』公式Twitter
https://twitter.com/bluegiant_movie
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