――ここからは、「#STEP3」の楽曲である「一体いつから」について詳しく聞いていきます。まずは聴いた第一印象から教えてください。
小鹿 第一印象は、アニメのオープニングのような爽やかさと疾走感のある曲だなと思いました。でも、歌詞を見てみたら“赤ん坊でもあるまいに”とあって、「え?こんなことを手毬は自分で言えるの!?」って驚きました。ステージ上ではいつもかっこ良さを出してきたので、こんな弱い部分を言えるようになったんだと。
――「#STEP3」発表の生配信で佐藤大地さん(「学マス」プロデューサー)が話していましたが、テーマは「自己嫌悪と自己肯定」。手毬の第2期オープニングのようなイメージにしたかったそうですね。
小鹿 そうなんです。歌詞は1番も2番も、Aメロに手毬の悩みや、自分のことが嫌だと思った気持ちが描かれていて。歌う時には、しっかりその感情を込めつつ、“乗り越えすぎない”ように意識しました。
――Aメロの段階で、成長して乗り越えた手毬にならないように?
小鹿 そうです。実は、レコーディングの段階ではまだ「#STEP3」の台本をいただいてなくて、どう成長していくのか知らない状態でした。だから、順当に成長したら色んなことを乗り越えているだろうな、歌詞には悩みが書かれているけど、「こんなこともあった」と前に進めている感じなのかな……と想像して歌ってみました。でも、そうじゃなかったんです。手毬の場合は、テーマにあるように「自己嫌悪」と「自己肯定」。「自分の嫌なところも全部含めて自分だ」となるので、「マイナスな感情を出していいです」とディレクションいただきました。それを受けて、ちゃんと悩んで葛藤している姿を出そうと思いました。
――“ああ そうだ どんなボクも ボクなんだ!”と、目を背けていた部分を受け入れるところも印象的ですからね。ということは、レコーディングはすんなりいかなかった?
小鹿 すんなりはいきませんでした。今話したこともそうですし、私が歌詞を読んで想像していたものがまったく違っていたんです。例えば、“君の手を取って”という歌詞がありますが、私はこの“君”が一緒に歩んできたプロデューサーのことだと思い、プロデューサーや仲間のことを思い浮かべながら歌ってみました。そうしたら、「“君(キミ)”はそうじゃないんです。“君”というのは手毬のことなんですよ。今の手毬のことでもあるし、過去に悩みを抱え、自分のことが嫌いだった過去の手毬に向けて歌っているんです」と言われて。ああ……解釈が全然違っていた……と(笑)。それを踏まえて改めて歌詞を解釈して歌おうとしたら、手毬の素直な心情が表れていたから、すごくしんどくなってしまって……。特にAメロは泣きそうになってしまったんです。泣いちゃダメだと思い、苦しくて泣きそうな気持ちをグッとこらえながらレコーディングしました。
――聴いていて、心情がすごく伝わってきました。他に印象的だったフレーズはありますか?
小鹿 Dメロですね。“みんなが ボクを待ってる”から“キミの目を見て歌いたい”のところは、ステージからみたペンライト(コンサートライト)のキラキラ、みんなが期待して待っている光を思い浮かべながら歌ったんです。今まで実際にライブを経験して見てきた景色がすごくきれいだったので、それを思い浮かべて歌っていたら、ここも泣きそうになりました。心はプラスの感情で落ち着きながらも、ちゃんと待っている居場所を感じられるので好きなポイントです。
――そこからラストフレーズの“ボクが連れて行くよ”も印象深くて。最後の気持ちの乗せ方についても教えてください。
小鹿 ラスサビは、今までの自分も全部自分だと受け入れることができて、自分のこともそうだし、仲間やファン、プロデューサー、全員を私が未来に連れて行ってあげるよ!という自信と未来への希望をたくさん込めました。
――「初星学園HR」では、完成した音源を受け取ってもしばらく聴くことができなかったと話していましたが、聴けたのは「#STEP3」のストーリーを知ってからですか?
小鹿 知ってからだったと思います。
――ストーリーを知ったうえで聴いて、自身の表現はどう感じましたか?
小鹿 レコーディングで自分がどういう感情で歌ったかを一旦忘れて聴いたら、感情がすごくこもっていてグッと来ました。「#STEP3」の内容ともリンクしていて、悔しさや苦しさはあるけど、ちゃんと前を向いて自分を受け入れる“一皮むけた手毬”をすごく感じて、泣いてしまいました。
――プロデューサーの皆さんも同じだったと思います。生配信で話していたことのなかで、ちょっと意外だったのは、小鹿さんは裏声(ファルセット)が苦手だったのですね。
小鹿 そうなんです。裏声は今も苦手です。これまでの楽曲でも「ここは裏声で歌ってみてください」とディレクションをいただくことはあったのですが、裏声ができなすぎて地声でやることになった箇所がたくさんありました。
――そういうところも成長したのですね。そして、この曲はMVも素敵です。ご覧になった感想をお聞かせください。
小鹿 アニメーションを手掛けている方々がMV制作に関わられていることもあり、本当にアニメみたいだと見入ってしまうほど、クオリティが高いですよね。これまでコミュ内で昔の話とか声が出ることはありましたが、小さい頃の手毬の姿や、手毬視点でのSyngUp!時代の仲間(秦谷美鈴、賀陽燐羽)の顔など、初めて見る光景がたくさんあって、すごく惹きつけられました。プロデューサーから最初に指摘された“体重”のことも濃く描かれていて。ネタにされやすい部分ではありますが、アイドルを目指す女の子にとってはものすごく深刻な悩みですし、体重が減らない自分への自己嫌悪も相当だったと思うんです。そうした手毬のリアルな苦悩がダイレクトに伝わってきて、胸が苦しくなるほどでした。
――体重の数値がしっかり表示されていたのもリアルで。
小鹿 リアルですよね。それと、最後に子供の手毬に手を差し出して迎えに行く姿も感動しました。嫌いだと言っていた自分をちゃんと受け入れることができたんだなって。
――本当にMVを観ると楽曲の解像度が高まりますよね。クオリティの高さでいえば、ゲームのライブシーンも素晴らしく、手毬の表情も印象的でした。こちらはいかがでしたか?
小鹿 すごく晴れやかな表情ですし、新しい衣装や髪型が追加されて、より手毬の爽やかさが増えたと思いました。手毬の「歌が大好き」という感情もすごく伝わります。
――「#STEP3」の楽曲は1曲目との対比もあると思うのですが、その辺りは本人的にはどのように感じていましたか?
小鹿 「Luna say maybe」の時は、とにかく必死で。必死に手毬の感情を考えてなんとか歌い切った感じでした。「Luna say maybe」は手毬の代表曲ですし、完成度もすごく高いから、「一体いつから」を収録する時のプレッシャーはすごく大きかったです。あれを超えなきゃいけない、と。でも、そのプレッシャーも先ほど言ったAメロに込めたことで、ラスサビの明るいところに繋げることができました。「Luna say maybe」の経験が今回に繋がっていたのかなと思います。
――他のソロ曲についてもお聞きします。前回のインタビューで「Luna say maybe」「アイヴイ」「叶えたい、ことばかり」のことは語っていただきましたが、「Luna say maybe」と「アイヴイ」は「初星音楽祭」で生バンドによるステージを披露しましたので、その感想からお聞かせください。
小鹿 「Luna say maybe」は落ちサビの演奏が静かめのアレンジになっていて、手毬の声がより伝わりやすい演出になっていたんです。なので、そこからラスサビは出し惜しみせずに、会場全員に届けたい!という気持ちを全面に押し出して歌おうと意識しました。「アイヴイ」は元々手毬のかっこ良さが詰まった楽曲。バンドを引き連れて歌い上げるというか、バンドに臆さない手毬、ちょっと笑顔も浮かべながら生バンドの音を楽しむ手毬を表現しました。
――“リスアニ!LIVE 2025”に続いて生バンドを経験し、次に生バンドで歌う機会があれば、どんな手毬を表現したいですか?
小鹿 生バンドを2回経験した状態ですので、もう少し余裕感を出したステージを見せたいですね。バンドアレンジを加えていただけるなら、それに合わせて表現も変えたいですし。手毬の全力感はそのままに、初めて手毬を知ってくれた人の記憶に残るようなパフォーマンスをしたいです。
――前回聞けなかった手毬のソロ曲としては、「Unhappy Light」があります。他のソロ曲とは一線を画す雰囲気で、とても素敵です。この曲の印象やレコーディングのこともお聞かせください。
小鹿 今まで全力な曲や激しいバンドサウンドばかりでしたから、初めて音源を聴いたときは「こんなかわいい曲を歌ってもいいんですか?」という嬉しさがありました。それと同時に、「手毬としてどう歌えばいいんだろう?」とすごく悩みました。でも、こういう曲が来たのなら、今まで出せていなかった手毬の内面を出そうと思ってレコーディングに臨んだのですが……「ちょっとかわいすぎてしまうので、かわいさや内面は手毬がステージ上で出せるギリギリにとどめてください」と言われてしまって。ただ、全体としてはかわいさを抑えましたが、サビ終わりの“やさしくあたまを撫でて欲しいの”は「ここで聴いている人を落としちゃってください」とディレクションいただいたので、そこは気合いを入れて手毬のかわいらしさをしっかり表現しています。
――“初星音楽祭”では、アコースティックアレンジでギター1本と共に披露しましたね。
小鹿 “初星音楽祭”はアコースティックアレンジだったので、イメージを変えています。レコーディングでは「夕方から夜にかけて、夜19時くらいに手毬が歌っているイメージ」だったのですが、今回は「もっと夜が深まった、夜の22時くらいに歌っているイメージでお願いします」とディレクションいただいて。より心を落ち着けて、暗い中で星空を見ながら口ずさむイメージで歌いました。
――スポットライトに照らされて歌う姿も、すごく惹き込まれました。
小鹿 他の曲ではカメラを意識して歌うこともあるのですが、今回の「Unhappy Light」はギタリストの方とアイコンタクトを取りながら、自分たちでタイミングを合わせて歌いました。「カメラは意識しなくていいです。カメラ目線じゃなくても大丈夫」と言われたのがすごく新鮮で。だからこそ、より歌に集中できた気がします。
――イヤモニのクリック(テンポを刻む音)もなかったそうで。
小鹿 そうなんです。クリックやガイドになる音声がなにもない状態で、(イヤモニ)に返ってくるのはギターの音と自分の声だけでした。
――良い意味でプロデューサーを意識せずに、楽曲の世界や2人の世界に入り込んで表現できたのですね。
小鹿 はい。それに、歌うリズムもはっきりとは決まっていなくて。ラスサビの前に一瞬、無音を作ってくださいとは言われたので、一度音を止めた後に、一番ゆっくりなスピードで歌い始め、そこから(本来のスピードに)戻っていきました。1曲の中でテンポ感を変えながら歌うのは初めての経験だったので、すごく面白かったです。
――それ以外も色々歌ってきましたが、Re;IRIS(花海咲季、月村手毬、藤田ことねによるユニット)の「雨上がりのアイリス」も印象深いです。ソロ曲とは意識が違ったと思いますが、この曲についてもお聞かせください。
小鹿 「雨上がりのアイリス」は、ソロ曲を歌う際に大切にしてきた“焦燥感”みたいなものではなく、仲間を信頼して自分が好きな歌をのびのびと歌う手毬を表現しました。力強さよりも穏やかさというか、仲間と一緒に歌える喜び。そういった感情を演じるように意識して歌っています。
――“初星音楽祭”でも披露しましたが、ライブで歌った際はいかがでしたか?
小鹿 この曲は、振付の中に2人と顔を見合わせるタイミングが結構あるんです。2人ともすっごくいい笑顔をしていて、その笑顔を見ているとこっちも更に楽しくなりますし、「最高に楽しい!」という感情がものすごく大きくなっていました。
――手毬もそういう気持ちで歌ったのでしょうね。
小鹿 そうですね。ソロ曲は「私の歌を聴いて!」という感じですが、「雨上がりのアイリス」の時は「聴いて!」よりも「楽しい!」という感情で歌っている印象があります。
――そして、今回のシングルには「標」と「ENDLESS DANCE」のソロバージョンが収録されます。ソロバージョンでの手毬的な聴きどころや、レコーディングの思い出などをお聞かせください。
小鹿 「標」は手毬がレコーディングの1人目だったと思います。その時に「校歌っぽく歌おう」と言われて、歌い上げる感じも入れつつ「学校で校歌を歌っている手毬」をイメージして歌いました。なので、普段との違いにも注目して聴いていただきたいです。あとは、やっぱりフェイクですね。少し洋楽っぽいというか、余裕感のあるお洒落なラインで歌っているので、手毬の音楽性や歌が好きな気持ちを感じ取っていただけたら嬉しいです。
――手毬のフェイクは正統派でかっこいいですよね。「ENDLESS DANCE」はいかがですか?
小鹿 この曲では、気合いが入りまくった手毬を聴いていただけると思います。冒頭のフレーズが“全身全霊”なのも、手毬にピッタリだと思っていて。「Luna say maybe」の歌詞にも“全身全霊”とありますし、この言葉は手毬を象徴していますよね。もはや、「ENDLESS DANCE」は手毬の曲といっても過言じゃないかなって(笑)。ステージ上のかっこいい手毬や、何事にも全力で取り組める手毬を意識して表現しましたので、そういったところにも注目してほしいです。
――3人バージョンでも思ったのですが、冒頭の“全身全霊”の後の“皆様どうも初めまして”と言う手毬の歌い方がものすごく挑戦的というか、手毬らしいですね。
小鹿 そうですね。全員を自分の虜にしてやるぞ!くらいの気合いを込めて歌いました。
――複数人で歌唱した曲も数多くあります。先ほど「仮装狂騒曲」の話題もありましたが、他にレコーディングで苦戦したなどのエピソードがあれば教えてください。
小鹿 「ハッピーミルフィーユ」は、「手毬としてどうやって歌ったらいいのかな?」とすごく悩みました。ディレクションをいただいて、最終的には普段コミュで叫んでいたり、あわあわしていたり、そういう部分も盛り込んで歌ったんです。いつもの歌唱力で歌い上げるのとは別のアプローチだったので、楽曲が公開された時にプロデューサーさんはどういう反応するんだろうと不安でした。細かなところで言えば、前半は今言ったように慌ててしまうような部分をいれたので、逆にどこかで「手毬らしい歌の上手さも入れ込まなきゃ!」と思って、Dメロではビブラートを多めに入れています。
――「ハッピーミルフィーユ」といえば、セリフの部分が注目されがちですが、手毬ならではの苦労があったのですね。
小鹿 そうなんです。色んな部分ですごく難しい曲だったので、印象深いです。
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