INTERVIEW
2025.10.15
ReoNaの約2年ぶり通算3枚目のニューアルバム『HEART』のリリースを記念した集中連載企画「リスアニ!’s Heart」。ReoNa本人へのインタビューを通して新作の核に迫った第2回に続いては、ニューアルバムに参加したクリエイターより堀江晶太と、リスアニ!ではお馴染みの音楽評論家・冨田明宏による特別対談をお届け!これまでにも数多くのReoNa楽曲に携わってきた堀江が今回のアルバムのために書き下ろした新曲「命という病」の話題を軸にしつつ、両者の表現者としての親和性の高さが浮き彫りになる、濃密なクロストークが展開された。ReoNaのよき理解者である2人の視点から見た彼女の現在地を、ぜひチェックしてほしい。
また、本記事の公開と同じタイミングで「命という病」のリリックビデオが、ReoNaのYouTube公式チャンネルにアップされた。歌詞の“高速道路でハンドルを切り 眠る夢を見た”というフレーズともリンクする、夜の高速道路を車でドライブする映像を中心に構成されており、余韻を残すラストカットを含め必見のビデオに仕上がっている。
■【連載】ReoNa 3rdアルバム『HEART』リリース記念「リスアニ!’s Heart」
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――まずは、堀江さんとReoNaさんの出会いについてお伺いしたいです。最初にお仕事でご一緒したのは、神崎エルザ starring ReoNa名義の楽曲「Dancer in the Discord」(2019年)の編曲だと思うのですが。
堀江晶太 そうですね。ただ、初めて出会ったのは彼女がデビューする前のことで、僕が知人のアーティストのライブにサポートで参加した時に、ReoNa本人がスタッフと一緒に観に来ていて、レーベルの方に「もうすぐSACRA MUSICからデビューする新人」ということで紹介してもらったのが最初でした。その時は本当に「どうも」みたいな感じの形式的な挨拶だけで、あまりはっきり記憶はしてないですけど、割と光のない目をしていたことは覚えています。
その数ヵ月後、1曲アレンジのお話をいただいて、当時ReoNaチームにいたスタッフの方が、以前から音楽の現場でよく一緒に仕事をしていた人だったので、その安心感もあってお引き受けしました。スタートは神崎エルザの楽曲の編曲でしたけど、まずReoNaというアーティストについて、どんなことを歌っていきたいのか、バックボーンや生い立ちを含めてお話を聞いたうえで、どんなものがReoNaらしいのか、神崎エルザらしいのかを、主にスタッフさんとじっくり話しながら制作を進めていきました。
――それが「Dancer in the Discord」だったわけですね。そこから同じく神崎エルザ starring ReoNa名義の楽曲「葬送の儀」(2019年)や、「Untitled world」(2020年)、「テディ」「Someday」「Alive」(2022年)、「Weaker」(2023年)などの編曲を手がけてきました。
堀江 基本的に自分はReoNaチームにアレンジャーとして参加することが多くて、今まで詞や曲を書いたのは2曲だけ。それが、1stアルバム『unknown』に収録の「BIRTHDAY」(2020年)と、今回の3rdアルバム『HEART』で数年ぶりに書き下ろした「命という病」ですね。
――『HEART』では他にも「Debris」「End of Days」の編曲を担当しています。冨田さんは、これまで堀江さんが手がけてきたReoNaさんの楽曲にどんな印象をお持ちですか?
冨田明宏 個人的に堀江晶太という音楽家は、ラウドロック、オルタナ、ポストロック、ポストハードコアやエモコアといった、日本では主流ではなかったロック・サウンドをメインストリームに押し上げた存在だと思っていて、ヒットチャートにおいてサウンドで“堀江晶太以後”みたいな楔を打った人だと思うんですね。その意味で言うと、ReoNaもこのシーンにおいては超オルタナティブな存在で、なおかつみんなが目をつぶりたくなるような“絶望”を歌う視点を持っていて、そんな彼女が日本武道館や大きなステージに立ち、大勢のお客さんの前で一人一人と向き合って歌を歌っている。生きづらさや居心地の悪さが重しになっている今のご時世、正解がない世界で正しい生き方みたいなものを求められるなかで、この2人の掛け算は、ある種必然だったのかなと思うし、二人のような超オルタナティブな存在が共鳴することで多くの共感を呼び、今ではメインストリームになり得ている。今回の対談のお話をいただいて、堀江くんが提供してきた曲を聴きながら、改めてそういうことを感じましたね。
堀江 嬉しい。ありがとうございます。
――堀江さんはReoNaさんのアーティスト性との相性について、どのように感じていますか?例えば、ReoNaさんの“絶望”と向き合う特性に共鳴を感じるのか、あるいはそこにチューニングを合わせていくようなところがあるのか。
堀江 自分の中にないものや感覚を持ってReoNaの音楽に付き合ったことはないですね。自分のうちから生み出す音楽家としての一面と、作編曲家としての職人的な一面は、自分の中では同じくらいのプライオリティがあって、両方にプライドを持っているんです。だから、仮に自分のパーソナルには全然ない案件だったとしても、それに対して尽くす喜びはちゃんと持っている。でも、ReoNaに関して言うと、今まで自分らしからぬことで喜んでもらおうと思ったことはなくて。それは、ReoNaというアーティストであり人間が、“絶望”というモチーフを最初からずっと掲げているからだと思います。僕自身も、自分の中にずっと内在しているテーマみたいなものがあって、それをReoNaが掲げる“絶望”に変換して表現することが全然苦ではなかった。テーマは別々だけど、向いていた方向は最初から結構一緒だったのかなと感じます。
――その堀江さんがご自身の中に宿しているテーマについて、詳しくお話を聞いてもいいでしょうか。
堀江 もちろん。これは僕の周りの後輩や弟子には話していることなので、別に内緒にしていることでも何でもないのですが、自分は二十歳くらいの頃から今に至るまで、“祈り”というモチーフを大切にしているんです。自分は無宗教なのですが、感覚としては、音楽や音楽業界、そこに関わる人たちという“宗教”に従う人間、という感覚をずっと持っていて。僕のような人間に「また音楽をやっていいよ」「あなたの音楽を必要としているよ」と、居場所を与えてくれたのが音楽に関わる人たちだったし、観念としての“音楽”というものだった。自分がまだ生きていていい理由をもたらしてくれたのが音楽だったんです。それは20代の頃からずっと思っていて、自分にとっては“音楽”が神様という思いがある。
おこがましいので、別にその神様と仲良くなろうとは思っていないですし、叶わないもの・届かないものというのはわかりつつ、自分にとってあらゆる音楽をやる場所は祭壇のような感覚で、そこにお祈りをして、捧げ物をして、感謝だったり身を捧げ続けることが、自分という生き物の喜びであり、命題である。そうやって生かされてきた感覚がずっとあるんです。向き合ったとしても本質的にはどうしようもないものを、それでもずっと見つめ続けるとか、その近くにいることを認めてあげるというか。そういうスタンスがReoNaの音楽にもあるとずっと感じていたので、ある種、この虚しさと美しさみたいなところに惹かれているのかなと思います。
冨田 遠藤周作の「沈黙」じゃないけど、神は答えてくれないんですよね、きっと。でも、自分の中で音楽を作り続ける哲学を見出さなくてはならない。音楽制作は、セールスなりトレンドなり、色んなノイズがまとわりつくじゃないですか。そのなかで「じゃあ自分は何のために音楽を作るんだ?」という、向かう先を純粋化させるための考え方として、音楽自体を神として位置付ける。それは音楽家にとってすごく必要な精神性だと思うんですよね。ゼロからモノを生み出す作業をしているとき、クリエイターは孤独だと思うんです。誰も答えを与えてくれない。その中で、もがいて苦しんで、だけど喜びと楽しみを見つけながら作り続けていかなくてはいけない。そのために見出した哲学なんだろうなと、今お話を聞いていて、すごく感じました。
堀江 そうですね。整合性のある考えではないと自分でも思うけど、でもみんなそういうものなのかなとも思うし、そうしておかないと自分を見失ってしまいそうになる。音楽家だけに限らず、アーティストやクリエイターのように表現をする人は、「何してんだろ俺」みたいな瞬間が、少なからずあると思うんですよ、衣食住みたいに、生きていくのに必要なものではないから、言ってしまえば自己満足と自己陶酔の世界でもある。そういう虚しさも隣接するなかで、「いやいや、これは自分が生き続けるのに必要な祈りだから」とか「巡礼だから」っていう風に、自分だけがわかっていればいいルーツを見出すことは、この生業をやっていくには必要なことだと思うし、自分が身につけたのはこういうスタンスだった、という話ですね。
冨田 無理やり繋げるようですけど、そういうある種の、自分の中でずっと去来する想いを抱えながら生きていかなくてはいけないことに対する“気付き”を、「BIRTHDAY」と名付けたのが、あの曲なのかなと思うんですよ。この歌詞でタイトルが「BIRTHDAY」というのは、やっぱりすごいなと。
堀江 「BIRTHDAY」を書いたのはかなり前ですけど、当時、ReoNaとたくさん話をしたんですよね。それで「まだ生き続けている理由をメモしてきて」と宿題を出したら、思っていた以上に書いてきてくれて。それを一度分解して、自分の頭の中に並べて、もう1回構築し直す形で作っていった曲でした。“孤独”というワードは、僕の中では冷たさと温かさの両方を持っている感覚があって。仏教の経典に「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉がありますけど、人は多くのものを得たとしても、本質としてはひとりぼっちだと思うんですね。でも、だからこそ、1人ということを認識さえしていれば人と居られるし、人と分かり合おうと思える。その感覚を「BIRTHDAY」には結構込めたんです。
“誕生日”というのも、生まれてしまった苦しさを知ることで、ようやく生まれた美しさを知ることができると思うんですね。“恐怖”“辛さ”“憎しみ”といった暗い感覚と向き合って、やっと見えてくる美しいもの・眩しいものが自分自身は好きですし、それを描き出したくて音楽をやっている側面もある。そんなな中で、ReoNaが持ってきたものは、“生きている理由”というよりも“死なない理由”が多かった。「ああ、これは自分が表現したい陰影、光と影にすごく相性が良さそうだな」と感じて、「死ななかった日を生まれた日としよう」と思ったのを覚えています。
冨田 その逆説的なものが結果、世界を肯定する部分があるなと。絶望から生まれた音楽がこんなに美しいなら、逆説的に世界や命は素晴らしいじゃん、っていう。
堀江 僕も、愛や美しさを歌う音楽も好きで聴きますし、そういう真っ直ぐな想いや言葉で歌う人に励まされたこともたくさんありました。でも、そういうことは、しっかり目を見て「お前のことが好きだ」「この世界は美しい」と言える強さ、エネルギーを持った人にやってもらいたい。自分は、人の目を見て話せない人間だからこそ言えるエネルギーがあるだろう、ということをしたいんですね。自分もReoNaも、あるいは一緒に音楽を作ってるスタッフもきっとそうで、自分自身に嘘をつかずに音楽をやれる方法は、今のところこういう視点だったっていう感じですね。それこそ僕のみならず、いつもReoNaの楽曲を作っている皆さん、ハヤシケイさんにせよ、毛蟹くんや傘村(トータ)さんにせよ、話していても全然目が合わないですからね(笑)。
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