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INTERVIEW

2025.06.06

「リスパレ!チョイス」選出アーティスト・佐々木李子インタビュー!

「リスパレ!チョイス」選出アーティスト・佐々木李子インタビュー!

アニメ音楽に特化した媒体「リスアニ!」と大阪のラジオ局・FM802のラジオ番組「802 Palette(ハチパレ)」による新たな音楽メディア「リスパレ!」が、今聴いてほしいアーティストを独自の視点で選出のうえプッシュするレコメンド企画「リスパレ!チョイス」。その第三弾選出アーティストの中から、今回は、アーティストと声優の二刀流で活躍の場を大きく広げている佐々木李子をピックアップ!アーティストとして10年以上の活動歴を持つ彼女が、音楽・芝居・表現の道を志した理由、そのルーツ・現在・未来までを語るインタビューをお届けする。

INTERVIEW & TEXT BY 北野 創


空想好きの少女が、大きな夢を抱くまでの道のり

――今回は佐々木さんのこれまでの歩みを振り返りつつ、アーティストとしての今とこの先について詳しくお話を聞ければと思います。まずは歌手デビューする前のお話、幼少期はどんなお子さんでしたか?

佐々木李子 すごく活発で、外に遊びに行くような元気なタイプでした。私が生まれ育った秋田は自然が豊かで、体を動かすのが好きだったので、よく虫取りとか鬼ごっこをして遊んでいて。なぜかでんぐり返しをするのが好きで(笑)、家でゴロゴロゴロって転がっていたんですけど、お母さんに「もっと体を動かしたい!」ってお願いして、5歳の頃からダンス教室に通い始めました。あとは、空想が好きだった気がします。

――空想、ですか。

佐々木 小学生の時、本が好きでよく読んでいたんですけど、学校の帰り道にその本の世界観に入り込んで、自分なりのストーリーを妄想しながら帰る、みたいなことをよくしていたんです。自分が主人公になって演じてみたり、「私は今、魔法が使える」って思ったりとかしていました。

――当時からクリエイティブな脳をお持ちだったんですね。ダンスは5歳から始めたとのことですが、どんなジャンルを?

佐々木 最初はジャズダンスから始めて、当時流行っていたJ-POPをアレンジして踊ったりしていました。その後もヒップホップからバレエ、タップダンスまで本当に色々な種類をやらせてもらって。その教室は色んなジャンルを学べるところだったんです。ダンスだけじゃなくて、やりたい子は歌やお芝居のレッスンも受けることができたので、気になるものは全部やっていました。

――そこで歌に対する興味も強くなっていったと。

佐々木 そうですね。ダンスのレッスンが終わった後に、お姉さんたちが準備を始めて歌のレッスンをやっているのを見て「いいなあ」と思って。それで、小学校2年生の頃、ちょうどそのタイミングで映画「タイタニック」を観て、歌手になりたい気持ちが芽生えたので、歌のレッスンもやりたいってお願いしました。今思えば、ダンスも歌もお芝居も、気になるものがあったら何でもやらせてもらえる環境だったので、そのタキミュージカルアカデミーという教室には本当に感謝しています。

――「タイタニック」の主題歌を歌っているセリーヌ・ディオンへの憧れは、色んな機会でお話しされていますよね。当時、セリーヌ・ディオンの他にはどんな音楽を聴いていましたか?

佐々木 セリーヌ・ディオンにすごく感動したので、最初の頃は洋楽をよく聴いていました。マライア・キャリーやアヴリル・ラヴィーン、本当にレジェンドの皆さん。あとは家族みんな音楽好きなので、両親が車の中でよく聴いていた松田聖子さんもそうですし、ロック好きの父親がカラオケで矢沢永吉さんの曲を歌っているのを聴いて「ロックって楽しいな」と思って。そこからレッド・ツェッペリンとかの洋楽ロックも聴いたりしていました。

――子供の頃から身の回りに色んな音楽が溢れていたんですね。そんななか、佐々木さんは小学5年生の時にミュージカル「アニー」の主役の座を射止めました。

佐々木 自分の中で大きな転機になった出来事ですね。オーディションを3回受けてやっと合格したんです。東京でミュージカルを観て「アニーになりたい!」と思って受け始めたんですけど、アニーも作中で「諦めなければ夢は叶う」という気持ちで過ごしている子なので、「絶対になりたい!」という気持ちを持って頑張れば、いつかその想いが何かに繋がるし、合格することもできる。11歳でそれを信じることができるようになったのは、自分の中でもすごく大きかったです。

――ミュージカルは歌、ダンス、そして演技の要素も入ってきますが、演技にも興味を持たれたのはその頃ですか?

佐々木 そうですね。9歳くらいの頃から、ダンス教室の先生が、色んなミュージカルや宝塚のDVDを貸してくださったんです。きっと私が色々なものに手を出しているから「向いてるかも」と思ってくださったんだと思います。そこから私も秋田で地方公演をやっているミュージカルを積極的に観に行くようになって、自分もやってみたいと思い始めました。

――「アニー」で主演を務めたことで、さらに夢も膨らんだのでは?

佐々木 夢が膨らみましたし、もっと上を目指したいとも思いました。でも逆に、夢がわからなくなった時期もあったことを最近思い出して。「アニー」が終わった後、学校とかでプロフィール欄の「将来の夢」を書く時に、いつもなぜか空白にしたり、「夢を見つけること」とか書いていたんです。

――その時はどんな気持ちだったのでしょうか。

佐々木 多分、やりたいことがありすぎたのか、色んなものに触れることで「本当になれるのかな?」という不安があったんだと思います。それに“歌手”や“ミュージカル女優”というのは、結構フワフワしている夢じゃないですか。実現できるかは自分次第だし、なれたとしても絶対に成功するとは限らない。きっと「アニー」のお稽古や色んな人と知り合うなかで、色んなものを見たからだと思うんですけど……それでもやっぱり「自分は歌手になろう」と決断できて良かったなと、今は思います。

――高校は音楽科のある学校に進学して、声楽科専攻だったんですよね。

佐々木 中学3年生の頃、最初は秋田の普通科の高校に行こうとしていたんですけど、やっぱり音楽をもっと学びたいなと思って、本当に進路を決めなくてはいけないギリギリの直前で「やっぱり音楽科のある学校に行きたいです!」って急に言った記憶があります。

――ギリギリまで悩んで、最後に背中を押してくれたものは何だったのですか?

佐々木 これは、今でもそうなんですけど、結構崖っぷちに立つと強くなれるんです(笑)。多分、自分でもすごく悩んで、「どうしよう、どうしよう……わかんない!」ってなるまで悩めたからこそ、一歩進めたんだと思います。小さい頃から、自分で納得しないと進めないタイプで、適当にバーッて決められる性格ではなかったので。両親も「この道に進みなさい」というタイプではなくて、「自分で考えて、李子がしたいようにしなさい」と私に任せてくれたのも、すごくありがたかったです。

――声楽科を選ばれたのは、やはり歌を磨きたい気持ちが強かったから?

佐々木 そうですね。色んな歌い方を知りたいなと思って。声楽は結構特殊な歌い方を学べるので、イタリア歌曲やオペラのような、ほぼファルセットで歌う歌い方にも挑戦してみたかったですし、基礎となる古典的な音楽にも触れてみたい気持ちもありました。あとは音楽理論も学べるとのことで、私はいつか自分で音楽を作ってみたいと思っていたので、その学校に進学しました。

歌手/声優デビューの経験がもたらしたもの

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