【インタビュー】『マクロスF ギャラクシーライブ 2021[リベンジ]』ライブBlu-rayリリース記念、May’n&中島愛スペシャル対談!

昨年11月10日(水)に幕張イベントホールで開催された、約11年ぶりとなる『マクロスF』単独ライブ『マクロスF ギャラクシーライブ 2021[リベンジ]~まだまだふたりはこれから!私たちの歌を聴け!!~』の模様を収録したライブBlu-rayが6月22日に発売された。「限定盤」「ゴ~~ジャス盤」には、11月9日の公演初日と11月23日の神戸ワールド記念ホールでの追加公演の日替わり曲などが収録されている。

ステージで、最高のパフォーマンスを見せつけたシェリル・ノーム Starring May’nとランカ・リー=中島 愛。ライブタイトル通りまだまだ二人はこれからだと感じたし、この先も何かが待っているのではないかという期待が膨らむライブだった。

今回はリリースを記念して、May’nと中島愛に改めて今回の公演をたっぷり振り返ってもらった。

今後の人生でも、あのツラさと楽しさは絶対に訪れないと思う!(中島)

――まず、マクロス40周年記念超時空コラボアルバム『デカルチャー!! ミクスチャー!!!!!』の反響が素晴らしかったですね!

中島愛 数字がすべてではないとは言え、オリコン週間アルバムランキングで1位をいただいたり、意外だったんですけど、それが『マクロス』シリーズのアルバムで初めての1位だったり、日本レコード協会の22年4月度のゴールドディスク認定もいただいたそうなので、すごいですよね。私たちもきっと反響があるとは思ったんですけど、お祭りかつ冒険のアルバムだったので、どんな声があるか、まったく想像ができなかったんです。でも、結果的に今しかできないことができたので良かったなと思いました。レコーディングでは、これはどこの世界線だろう?って考えることも多かったですけど、アルバムをリリースできて良かったなというのは、今思っていることです。

――リスアニ! WEBでは、中島さんにこのアルバムについての取材をしていなかったので改めてお聞きしたいのですが、個人的に印象的だった曲はありますか?

中島 May’nちゃんとはすべて別々のレコーディングだったんですけど、メドレーは結構近い日にちに録れたんです。なのでお互い頑張ったよねって称え合うメッセージのやり取りをしながら録ったので、特に印象に残っていますね。ワルキューレの曲は多彩で、メドレーは色んな曲があって面白かったし、『マクロスF』とのカラーの違いも感じられたんです。コーラスのラインはこうなっているんだとか、聴いているだけではわからなかったソロとグループとの違いがわかって、興味深いことがたくさんありました。

May’n でも、愛ちゃんと「めっちゃ大変だったよね」とか、頑張ったねって称え合ったりすることって、放送当時のレコーディングでは全然なかったんですよ。お互い自分のことで必死だったし、2人の声が合わさる感動はあったけど、一緒に大変なことを乗り越えようね!みたいな感覚でレコーディングをしたのは初めてだったから、コラボアルバムではあったけど、10年以上経った集大成でもあるのかもしれないなって気持ちになりました。

――当時は必死さがあったけど、今、一番お互いをわかりあえている感じがします。

May’n 同じように大変な思いをしている人がいてくれている安心感ですよね(笑)。

中島 それはワルキューレの5人もきっと同じだと思うし、ツラいとかではなく初めてのことを7人で一斉にやったから、7人しかわからないことはあったよね(笑)。

May’n 私、JUNNAちゃんとは連絡取っていて「頑張ったよね、褒めてほしいよね」って言ってた(笑)。

――そのワルキューレの歌唱で印象的だった曲は?

中島 「放課後オーバーフロウ」のサビを美雲が歌ってくれたのが、一番意外性がありました。あと、メドレーでも、シェリルパートをマキマキ(マキナ・中島/CV.西田望見)が歌っていたのも印象的でしたね。

May’n メドレーの「ライオン」かな。こういうアプローチがあるのか!って思ったよね。

――「娘々スペシャルサービスメドレー(特盛り)」の歌割りは特に注目して聴いてほしい感じでした。さて、今回のインタビューは『マクロスF ギャラクシーライブ 2021[リベンジ]』のリリースインタビューでもあるのですが、せっかく2人揃っているのでタイムスリップして、2008年から2010年に行われていた『マクロスF』のライブの思い出を語ってもらいたいと思ったのですが。

May’n 大変だったことをすごく覚えています。大きなステージで多くのお客さんの前に立たせていただいたのも初めてでしたし、今振り返っても豪華な演出、豪華な編成でライブをさせてもらえていたから、とても幸せなことだと思っていました。ただ、リハーサルがすごく長くて、それこそ合宿のような状態で、いま自分はどこにいるんだろう?って感じだったんです(笑)。ちょっとした空き時間で、カクンと寝てしまいそうになったり。菅野よう子さんは、レコーディングもそうなんですけど、すごく細かく突き詰めていく方なので、リハーサルから一切妥協がないんですよ。私たちに経験がないからこそ、リハーサルでより作り上げていくことをしてくださっていたと思うんですけど、そこに食らいついていってたことを覚えています。その分、本番はそれが報われる瞬間で、頑張って良かったなって思いました。でも当時10代で、あれだけの世界観を作り上げられたのは、スペシャルな方々に支えられていたからこそなので、本当に感謝しています。

中島 私はこれがツラいことなんだということにすら気づいていなかったんですよ(笑)。それに、May’nちゃんがツラそうにしていると思ったこともなかったんです。だから今聞いて、そうだったんだ!って。

May’n 別に不穏な空気とかではないけど、同じ部屋で休憩しているとき、シーンとしてなかった?

中島 うん。でもずっと一緒にいたからね。しかもリハのときは、お互いのソロパートのときも集中して見ているんですよ。そしてそれが突然演出に生かされたりするんです。「『妖精』のときの花道で演技してみて」とか。だから見ていること自体がリハなんです。

May’n 確かに!それもあったから大変だったのか!相手のソロのときも入り込んで見ていたから。

中島 だから2人で同じ部屋に入ったときに、初めて休憩という時間が訪れて、そこでやっと黙ることができる(笑)。

May’n 何か食べながらね。確かにそうだったかも(笑)。

中島 ずっと歌っているか指導を受けているかだったから、2人でいる空間だけがしゃべらなくてもいい空間だったんです。私はデビューがこの現場だったから、それに疑問も持たずに、レコーディングやリハーサルをやっていたんです。だからそれが基準になっちゃってますね(笑)。当時、周りの大人の皆さんから「これが当たり前だと思わないでほしい」と言われていて、私はこれだけ豪華なのが当たり前だと思わないで頑張れということだと思っていたけど、今思うと、ここまで大変なこともないよっていう意味もあったのかもしれない(笑)。でも、そこまでできるのはやっぱり贅沢ですよ。

May’n すごい贅沢だったよね。だってリハーサルだけどフルメンバーで、ストリングスや管楽器の人も全日入ってくれていたんです。それで1ヶ月くらいリハをやってたよね?

中島 やってた。今日のリハはまずランニングから!みたいな日もあったり。あと思い出に残ってるのは、大戸屋のお弁当!私はお弁当の時間を心の支えにして頑張っていたんです(笑)。それを当たり前のようにやっていたけど、今後の人生でも、あのツラさと楽しさは絶対に訪れないと思う!

May’n 初めてのライブがZepp Tokyo(08年7月)で、坂本真綾さんがゲストでいらしていたんですけど、リハーサルで豆大福を食べていたんですよ。ライブ前にアーティストは豆大福を食べるんだ!と思って、私、結構今でもライブ前に豆大福を食べるのを継承しているんです(笑)。

中島 えーー!すごい!

May’n お腹いっぱいにしたくないときに食べていらしたのかな?って思うんですけど、カッコいい!先輩!と思ったことは、すごく覚えてる。

中島 私は、スターはおしゃれなフルーツを差し入れしてくださるんだなと思いました。もちろん、あの日感じた緊張感もすごく覚えています。

May’n 大先輩だから緊張はしたよね。それに、これもいろんなところで話していますけど、当時は、話すとシェリルじゃなくなるのがコンプレックスだったので、MCは愛ちゃんがランカとしてやってくれていたんです。それは羨ましいなと思っていましたね。自分はどんなに頑張ってもシェリルにはなれないと思っていたし、それが拭えたのも本当につい最近だったので。

中島 当時は本当にいっぱいいっぱいだったから、その気持ちにも全然気がつけていなかったんですよね。だからカバーしなきゃとかではなく、私がしゃべっていいのかな?くらいに思っていたんです。ただ、当時のライブの本編では基本的にセリフをいただいてMCをしていました。そこはお伝えしておきたいなって。

May’n でも、それはみんなもわかってたと思うよ。ランカだからMCをしているんだなって。

――キャラクターでのMCは、ワルキューレのライブでも引き継がていますしね。今の話を聞いて、当時まだ新人でしたけど、その中で本物のエンターテイメントを届けようとしてくれていたんだなと思いました。

クロスオーバーライブは「サヨナラノツバサ」を100%見せられるライブにしたかった(May’n)

――今回の単独公演に直接結びついたのは『MACROSS CROSSOVER LIVE 2019 at 幕張メッセ』だったと思います。

中島 中島の暴走ですね。(※ライブのMCで「『マクロスF』の単独ライブが、いつかできたらいいなと思います!それが今の夢です」と発言したこと)

May’n 自分で言いましたね(笑)。クロスオーバーで『マクロスF』のステージを一緒に作らせていただけることになったとき、久々に一緒に作るからこそ、『マクロスF』のステージをちゃんと作りたいと思ったことはすごく覚えています。2人で相談をしてひとつのステージを作り上げることができたんですけど、実はやる前から、これはもう絶対にいける!という感覚があったんです。そしたら、中島さんが暴走したという(笑)。あれは、テンションが上がっちゃったの?

中島 絶対にこの話になると思って、今日お風呂に入りながら真剣に考えてきたんですよ(笑)。このエピソードはよく聞かれるけど、ちゃんと話す機会って、もうあまりないかもしれないと思ったから、本当はどうだったんだろう?と。そこで思ったのが、大きなきっかけは、2014年に見た『FIRE BOMBER 2014 BASARA EXPLOSION』なんです。『マクロス7』の20周年記念ライブで、これは私の個人的な話ですけど歌手活動を休止した直後でした。それまでは、どこに行くにも事務所の大人の方が付いて来てくれていたけど、このときは1人で神奈川県民ホールに行って、ファンの方と一緒にライブを見ていたんですね。ライブが素晴らしかったのはもちろん、ホールに入る前と、ライブ後のファンの皆さんをずっと見ていて、その表情が忘れられなくて。20周年でこんなライブをやってもらえたら、どれだけ嬉しいだろうなと。94年にリアルタイムで放送を見ていた人も、あとから見た人も混ぜこぜになっている感じがすごく印象に残っていて、「これができるのがマクロスなんだ!」って思ったんです。2019年は『マクロスF』10周年の次の年で、あの日のMCは本気で、15周年とか20周年に2人を引き合わせてほしいという願いを込めて言ったというのが正直なところです。ただ、マクロス40周年にかかったんだ~!っていう(笑)。道理で早いなと思ったんですよ。

May’n まさかこんなに早くできるとは思っていなかったからね(笑)。

中島 14年のライブを見ていたからこそ、まず15周年とかで何かをやってほしい!という思いがあったし、当日のお客さんの反応を見ていたら言っちゃった、というのはありましたね。皆さんに触発されて正直に出た言葉でもあったと思います。

――やはり劇場版のあとに単独ライブがなかったことは、ファンとしても心残りだったと思うんです。同年2月の『フライングドッグ10周年記念LIVE-犬フェス!』での「ライオン」という伏線はあったとはいえ、クロスオーバーでここまでやるとは予想もしていなかったです(笑)。

中島 確かに「サヨナラノツバサ」を歌ったのはイベントでだけだったから。

May’n ちゃんと映像と一緒に見せるというのが、それまでのライブでやってきたことだから、クロスオーバーが初めてだよね。

中島 だから、確かに誰も予想していなかったんじゃないかな……。

May’n すごい反響をもらったからね。

中島 でも何であのとき「サヨツバ」をやろうと思ったの?どこからその発想が出てきたの?

May’n あのときのオファーは、シェリル3曲、ランカ3曲、「ライオン」とあと1曲どうしますか?みたいな感じだったんです。それを聞いて「いやいやいやいや!ちょっと待ってください!」ってなったんですよ。それは違うと思います!って。

中島 でも、2013年にやった『マクロス クロスオーバーライブ 30』もそんな感じだったよね?

May’n そのときは、放送からそんなに経っていないし、シェリルもランカもソロで、私たちもソロだから、それに対してあまり違和感がなかったんだけど、久々に2人が『マクロスF』としてステージに立つのに、ソロアーティストとして立っていいのかな?っていう違和感があったの。「サヨナラノツバサ」は人気曲で、みんなも聴きたいと思ってくれているだろうなと思ったから、「サヨナラノツバサ」を100%見せられるライブがしたい!っていうのが、こだわりとしてあったんですよね。

――流れとしてはそこから単独公演へとつながるのですが、先程のFire Bomberの話でもありましたが、『マクロスF』こそ、当時若くてライブに行けなかった人がたくさんいたのではないかなと思うので、やってくれて良かったと思います。やることになったときはどう思いました?

May’n 愛ちゃんのMCを聞いたときの最初の感覚としては「無理!」だったんですよ。クロスオーバーライブにかけていたところがあるから、これを超えられるはずがないと思ったんです。人間の感情的に、どんどん更新していかないと良くないと思ったからこそ、超えられないと思っているならやらないほうがいいという気持ちだったし、不安だったんです。でも、実際に待ってくれている人がいるのは知っていたし、できることになったときは、どうしたらあれを超えられるのかをずっと考えていました。

中島 やると決まってからは、May’nちゃんとスタッフさんと、すごく緻密にセットリストを考えていきました。私は、フェスと単独はどちらが良いとかではなく、心構えが違う気がしていて。「サヨナラノツバサ」の流れも、クロスオーバーで一度やったものをもう一度やるのはどうなのかっていう話も出たけど、私は同じことにチャレンジし続けることで何かを超えてみたかったんです。同じ曲を歌って、あのときのほうが良かったという意見はあるかもしれないけど、今回がめっちゃ良いと言ってくれる人が多くいたら、自分に勝利できる気がして。でもMay’nちゃんが、違いを大事にしていた気持ちもすごくわかるから、バランス的にも私は(変えないという)守りに入ったほうが良い気もしたんです。

May’n それは言ってくれてたよね。私は前にやっちゃったからなぁって言っても、「あのときを見てない人は絶対にいるよ!」とか「見ていても、もう一度見たいんだよ!」って言われて、確かに!ってなって(笑)。その意見を受けて、「サヨナラノツバサ」や「ライオン」を歌うことに決めたんです。でも同じ曲をやったとしても、私たちのパフォーマンスとか、ちょっとした熱量、気合いとかで超えられるものなんだなぁってことには気付かされたので、2人だからできたこと、1人だと気づかないことってあるんだなと思いました。

――同じことをやりたくないって、河森監督かと思いました(笑)。

May’n あははは(笑)。

中島 でも、そのイズムはあると思います!

――でも、「サヨナラノツバサ」の流れっていうのはマストで見たかったと思います!

May’n しかもクロスオーバーのときは最後までできなかったしね。「ホシキラ」まで。

中島 そうだね。そこからの「dシュディスタb」までやっていない、という心残りも正直あったし、映像を付けられるのはマクロスの単独公演ならではだから良かったです。

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