リスアニ!WEB – アニメ・アニメ音楽のポータルサイト

INTERVIEW

2022.06.02

【インタビュー】4th EP「遣らずの雨」でみせた様々な“雨”、そして“楠木ともり”というアーティストの底知れぬ才能と魅力――。

【インタビュー】4th EP「遣らずの雨」でみせた様々な“雨”、そして“楠木ともり”というアーティストの底知れぬ才能と魅力――。

シンガーソングライターとしての優れた資質と豊かな音楽性を併せ持ち、声優業のみならずアーティストとしても大きな注目を集める楠木ともりが、メジャー通算4作目となる新作EP「遣らずの雨」を完成させた。重たいテーマに切り込んだ表題曲からササノマリイとの共作曲まで、様々な“雨”をモチーフに幅広い表現に挑戦した本作は、改めてその才能の底知れなさと音楽に対する愛情の深さ、そして優しさと繊細さが同居する彼女自身のパーソナルの魅力が透けて見える作品となった。楠木ともりが描く“雨”の世界に迫る。

雨の日と音楽と――楠木ともりが“雨”をテーマに選んだ理由

――前作のEP「narrow」は“冬”をテーマにした作品でしたが、今回の新作EP「遣らずの雨」はリリースが梅雨の時期ということもあってか“雨”がテーマになっていますね。

楠木ともり 4thEPを制作するにあたり、スタッフさんと今回も何かテーマを設定したほうがいいのではないかと話し合ったなかで、提案していただきました。日本には、それこそ「遣らずの雨」のように“雨”にまつわる色んな言葉がありますし、そこにストーリー性を見出だすことも多いので、このテーマなら色んなタイプの表現ができると思って決めました。

――楠木さん自身は“雨”にどんな印象がありますか?

楠木 もちろん時と場合によりますけど、基本、好きだと思います。雨が降っているからといって落ち込むことはないですし。私は1人のとき、イヤホンで音楽を聴いていることが多いので、「雨の日に聴きたい曲」というのも結構あって。ただ、お気に入りの服を着ているときに雨に降られるのはちょっと嫌です(笑)。

スタッフ 楠木さんは雨女ですよね。

楠木 イベントやライブのときは曇りか雨のことが多くて。でも、今回のEPの撮影のときはよく晴れました。雨を求めると、降ってくれなくて(笑)。

――「雨の日に聴きたい曲」というお話がありましたけど、例えばどんな曲を聴きたくなるのでしょうか。

楠木 基本はそのときの直感で決めるんですけど、今作に収録されている「山荷葉」を編曲してくださったarabesque Choche(Chouchou)さんの楽曲は、アンビエント寄りなので雨にピッタリだなと思います。BONNIE PINKさんも私の中では雨のイメージが浮かぶ曲が多くあって、雨の中で聴いているとお洒落な気持ちになれますね。逆に激しいバンドサウンドの曲、例えばL’Arc~en~Cielさんの少し暗めな曲も、雨がすごく雰囲気のあるものに感じさせてくれて。ほかにもドラマのサントラとか、ドラマチックな曲を聴くことが多いかもしれないです。

――雨の日を音楽と共に楽しんでいるわけですね。もしかして今作も、雨の日に聴きたくなる曲をイメージして制作した?

楠木 まさしくそうですね。雨が嫌いな人って結構多いじゃないですか。でも、自分みたいに、雨と音楽を一緒にすることで、雨の日をいつもとは少し違った雰囲気のものとして楽しめるきっかけになればいいなと思ったので、雨の日に聴きたくなる曲を目指していました。

“引き留める側”の気持ちを描いた意欲作「遣らずの雨」

――表題曲の「遣らずの雨」は、静と動のコントラストが鮮烈で、雨というよりも嵐のような激しさのある楽曲ですね。

楠木 この曲は“激しい雨”をテーマに制作しました。急に降りだしたり、ちょっと止みかけたり、変化が激しいのも雨の特徴だと思うので、その不安定さやメリハリを表現した曲にしたくて。激しい部分と同時に、今にも消えてしまいそうな儚さや透明感との対比を心がけて作りました。

――歌詞で描かれる感情の揺れ動きも激しくて、ある種の悲痛さも感じさせるような世界観が印象的です。

楠木 この曲は、深い悩みや苦しみを抱えている大切な人を、引き留めようとしている側の気持ちを描いた曲になっています。本当に苦しい気持ちを持っている人には、外からは何も立ち入らせない壁のような強さがあると思うんです。そんな人を助けようとしている側が、その苦しい気持ちに深く沁みていって、同じ気持ちになってしまうような、危うい移り変わりを描いていて。今までは自分自身の苦しさを描いた楽曲が多かったですけど、今回はその苦しさを抱えた本人の周りの人の気持ちを描いた、いつもとは視点を変えた曲になっています。

――立ち入った質問になるかもですが、なぜ“引き留める側”の気持ちを描きたいと思ったのですか?

楠木 私自身も結構どん底まで落ち込むタイプの人間で、自分の苦しさでいっぱいいっぱいになることがあるんですけど、それって周りの人のほうが大変なんじゃいかな?と思ったのがきっかけでした。そういう気持ちでいるときは、周りの人の言葉が全然入ってこないし、全部がマイナスにどんどん沈んでいくなかで、周りの人はきっとそれに引っ張られないように引き留めてくれているんですよね。でも、そういう側の人の苦しみにはあまりスポットは当たらない。そう思ったときに、自分は本当に苦しんで追い詰められた人を助けた経験はないんですけど、“引き留める側”の気持ちを知りたいと思って、紐解いていきながら書きました。

――いつもとは違う視点の気持ちを描くことで、新たに気づいたことも多かったのでは?

楠木 そうですね。今までは誰かを肯定する曲、(否定的な意見を)弾き返すような曲が多かったんですけど、今回の「遣らずの雨」は、特に2Aの部分が象徴的なのですが、人に見せたくないような醜い部分を抱えていてもいいし、そのままでもいいんだよっていう、いつもと違った肯定の仕方ができた気がします。この歌詞自体、結果的に、自分が落ち込んだときにかけられたい言葉でもあると思うんですよね。

――この曲のタイトルが「遣らずの雨」になっている意味をずっと考えていたのですが、今のお話を聞いてわかった気がします。要は誰かの気持ちを“引き留める”ということですよね。

楠木 はい。「遣らずの雨」というのは本来、「帰ろうとする人を引き留めるかのように降ってくる雨」のことを言うのですが、そこから色んなことを想像できるようなタイトルにしたくて付けました。

――編曲は初顔合わせのラムシーニさんが担当されていますが、これはどのような経緯で?

楠木 この曲では編曲コンペを行いまして、そのなかから自分が選んだのがラムシーニさんのアレンジでした。コンペでは“バンドサウンド感”があるということ、激しさのなかに透明感があること、歌詞の意味に合わせて少し不安定さがあるもの、というリクエストをお伝えしていて。ラムシーニさんのアレンジは全部が理想的で、まずイントロがすごく良かったのもありますし、サビの激しさはもちろん、A・Bメロの儚さが、曲の雰囲気は全然違うけど通して聴いたときにバランスが取れているように感じたので、このアレンジで歌いたい気持ちがすごく強かったです。

――楠木さんによる冒頭の「雨が……」というつぶやきも、そこから色々な想像が膨らんで印象的でした。

楠木 ラムシーニさんから「ここでウィスパーボイスで何か喋ってほしい」というアイデアをいただいたので、スタッフさんと相談して、とりあえず仮案で「雨が……」と吹き込んで作業を続けたんですけど、結果、それが一番想像できる余白があるし、言っている人によって視点が変わる、フックがあるフレーズだったので、そのまま採用しました。

――レコーディングでは、どんな心持ちで歌ったのでしょうか?

楠木 気持ち的にもかなり引っ張られる歌詞だったので、最初は必死で悲痛な感じを出していたんですけど、スタッフの方から「あまり泣きが多くないほうがいいかもしれない」とご提案をいただいて。そこから、「泣き」はとっておきの一番出したいところだけに留めて、ほかでは割とフラットに歌うことを意識しました。

――そのフラットさが、悲痛さが故の虚無感にも繋がっているように感じました。

楠木 この歌い方にして良かったです。MVはこの楽曲で表現したかったことがより伝わる作りになっていると思うので、気になる方はMVと合わせて観ていただけたらと思います。

“サンカヨウ”の儚い花びらが象徴する、優しく寄り添う歌

――2曲目の「山荷葉」は、どこかオリエンタルな空気感を纏った幻想的なナンバーです。

楠木 EPのテーマを“雨”に決めて最初に書いたのがこの曲になります。元々、EPの方向性を決める前から、次の作品にはどこか異国の要素を感じる曲を入れたいと思っていたんです。というのも、その時期にトルコの音楽をよく聴いていて。

――渋いですね(笑)。

楠木 私がやらせていただいているラジオ番組(「楠木ともり The Music Reverie」)で、「ともりフェス」という私がフェスで観たいアーティストを並べる回があったのですが、それで過去の色んなフェスの出演者を調べていたときに出会った、アルトゥン・ギュンというバンドが大好きなんです。もしかしたら、夏に一番聴いたかもしれないくらいで。そういうどこかの国の雰囲気を感じさせる曲調で、なおかつ幻想的な曲にしたいというアイデアから生まれました。

――「山荷葉(=サンカヨウ)」というのは、雨に濡れると花びらが透明になる花だそうですね。

楠木 そうなんです。こんな魔法みたいな花が現実世界にあるということを、最初に知ったときにすごく感動しまして。EPのテーマを“雨”に決めた瞬間、真っ先に曲にしたいと思ったモチーフだったので、先ほど説明したアイデアと繋ぎ合わせて形にしました。

――歌詞からは優しい想いのようなものも感じられますが、どんなことを描こうとされたのですか?

楠木 「山荷葉」は肯定の歌と言いますか、自分の音楽活動の原点に立ち返って、隣でそっと寄り添ってくれる歌にしようと思いまして。サンカヨウはすごく小さくて、儚くて、控えめなお花なんです。なので「私と一緒にいれば大丈夫」という、ちょっと背中を押して支えてくれるような、優しい言葉遣いを心がけた曲になります。ただ、歌詞には“手折れない”や“催花雨”といった花を連想させるワードを選びつつも、あくまでもサンカヨウそのものではなく、それをイメージさせるような曲になるようにしました。

――聴いてくれる相手に対してもそうですが、自分自身に言っているような雰囲気もありますよね。

楠木 まさしくそうですね。自分が隣で言ってもらえたら嬉しいなと思える視点も置いていて。別に大それたことを言いたいわけではなく、家族と一日の終わりにサラッと話すような、本当にちょっとした優しさを描きたかったので、この曲を聴いたからといって「よし!次は頑張るぞ!」みたいな曲にもなっていないところが特徴だと思います。

――そのささやかさな優しさがサンカヨウのお花のようでもあって。また、サウンド的には幻想的なアンビエント感がありますが、アレンジを手がけたarabesqueChocheさんにはどうお伝えしましたか?

楠木 Chouchouさんの楽曲には和の要素を感じられるものもあるので、そういった曲の雰囲気を出せる方ならきっといいものにしてくださると思って、私からはあまり多くのことは伝えなかったのですが、まずリリックビデオにあるような、森の中にある少し苔むしたような神社の風景写真をお送りして、同じ景色を共有したところから始めました。「山荷葉」に関しては、自分でちょっとしたデモトラックを作ったのですが、arabesqueさんが私のデモを聴いた段階で「色々な方向にできると思うから具体的に詰めていきたい」とおっしゃっていただいたので、そこから色々とお話をして。

――デモトラックというのはDTMとかで作ったのですか?

楠木 いつもはクリックと歌だけなんですけど、今回は自分の頭の中にイメージしているサウンドが細かくあったので、であれば自分で形にしてみるのが早いかなと思って、ピアノの音色やアレンジの流れが伝わるものを用意しました。実はそのデモから採用していただいてる部分も何か所かあって。

――でも、楠木さんは普段から色々な音楽を聴かれていて、音楽的な語彙力というかイメージ力は備わっていると思うので、自分の中の理想を自分で形にする作業は、今後より大切な要素になりそうですね。

楠木 将来的にはできたらいいなと思いますけど、声優業もやっているので、なかなか勉強をする時間を取ることができなくて。今はデモ程度しか作れないですけど、新しい試みとしての発見もありましたし、arabesqueさんにもお褒めいただいて、そこからイメージを膨らませていただいた部分もあったので、頑張って良かったです。

――この曲、サビでタブラの音が入っていたり、楽器の編成もユニークですよね。

楠木 そうなんです。私からは、使ってほしくない楽器というのを挙げさせていただいて。あまり和の要素が強すぎると(この曲で)伝えたい意図からズレてしまうので、あくまでもちょっと香るくらいのニュアンスにしたくて、笙は絶対に入れないようにお願いしていました。ほかには鈴の音が特徴的だと思うんですけど、あの音は入っていたらいいなと思いつつ、そのことをお伝えはしていなくて。そうしたらしっかりと入っていたので、arabesqueさんと同じ景色を思い浮かべられていたんだなと思って嬉しかったです。

次ページ:ササノマリイとの共作で描いた、あの楽曲の2人の新たな関係性

SHARE

RANKING
ランキング

もっと見る

PAGE TOP