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INTERVIEW

2016.11.10

映画『この世界の片隅に』公開記念 音楽担当・コトリンゴ インタビュー

映画『この世界の片隅に』公開記念 音楽担当・コトリンゴ インタビュー

1944(昭和19)年、広島で暮らす18歳のすずは、突然の縁談により軍港の街・呉へと嫁いでいく。新たな家族に戸惑いながらも、持ち前のおっとりした雰囲気で周囲を和ませ、慎ましくも幸せな日々を送っていく――。
こうの史代原作の傑作マンガ『この世界の片隅に』を『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督がアニメ化するという、運命的な出会いが実現した。
戦時中の広島を舞台にした作品と聞くと、教育映画のような身構え方をするかもしれないが、本作はときにコメディといえるほどのユーモラスさを見せる。そんな片渕の語り口にさらなる感情を添えてくれるのがコトリンゴの音楽だ。彼女の弾くピアノの音はときにリズミカルでときに静謐(せいひつ)な音を奏でる。さらに流麗なストリングスや楽器以外のものを使うなど、独特の音楽を創り出すクリエイターだ。さらにボーカリストとしての彼女は聴く者の想像力を掻き立てる歌声を持つ。音楽制作の様子を聞いた。

戦時中の物語というイメージが変わって、すごく親近感が湧きました

――――最初に『この世界の片隅に』の作品にはどのような形で触れられましたか?

コトリンゴ まず原作を読ませていただきました。情報量も多かったのですが、鉛筆で書いているかのような絵柄が独特で、一気に引き込まれていって。当時のちょっとした暮らし方の様子から「こんなことまで描いちゃうの?」という恋愛模様まで描いているのが面白くて、戦時中の物語というイメージがガラッと変わってすごく親近感が湧きました。今の日本は戦争から遠い状況で、私たちは世界でいろんなことが起こっていてもどこか他人事のように暮らしていますが、この作品はそんな現代にも通じるように思えました。

――コトリンゴさんは片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』の主題歌を歌われていましたね。

コトリンゴ はい。それが監督との出会いです。その後、2010年の9月に私が『picnic album 1』というカバー・アルバムを作って、それをお渡ししていたんです。ちょうど『この世界の片隅に』のプロジェクトが始まる頃に聴いてくださっていたそうで、その中の「悲しくてやりきれない」が、すずさんの心情に合っているからとOPテーマとして起用していただきました。

――これまでアニメの劇伴を担当された作品にはTVシリーズの『幸腹グラフィティ』、中編映画の『くまのがっこう』とありますが、長編アニメ映画は初めてですね。

コトリンゴ そうですね。通常の音楽制作ですと監督と音楽家の間には音楽プロデューサーや音響監督が立つのですが、今回は直接、片渕監督とやり取りをさせていただきました。片渕監督は音楽の専門家というわけではありませんが、ご自身のイメージはハッキリとお持ちで、その分、ダイレクトにいろいろな指示をいただけ、やりとりできたのが私にとっては良かったですね。

――アニメーションの映像をご覧になってどんな印象でしたか?

コトリンゴ お話としてはNHKの朝の連続テレビ小説のように、主人公のすずさんの日常的なエピソードが断片的に進んでいくので、監督はどのようにまとめるのだろうかと思いました。特に目がいったのはキャラクターたちの描写というか存在感です。すずさんや義理の姉の径子、その娘の晴美など普通の人をきちんと描いているからこその魅力がこの作品にはあります。晴美ちゃんも本当に自然でかわいくて、だからこそ後半の辛さが際立つなと思いました。観るたびに印象が変わって何度も観たくなるような不思議な感覚の作品でした。

この時代は想像よりもずっと幅が広い音楽が流れていた

――編成についてはどのようなプランニングをされましたか?

コトリンゴ すずさん目線で日常が進んでいくので大きな編成ではなくピアノと何かの小さな編成でという形でお話を進めて、大きな編成を入れるなら最初と最後ぐらいかなという打ち合わせをしました。そこは私ひとりで悩んでいたわけではなくて、監督との話し合いで決めていきました。

――書く順番は頭からですか?

コトリンゴ そうですね。自分がスイスイ進むものから書いていったので、やっぱり前半の楽しくお料理するところとかからになっていきましたね。

――「ごはんの支度」では菜箸やすりこぎも楽器として使用するなど、さまざまな試みをされていますね。

コトリンゴ ご飯を作るという作業は自然とワクワクしますね。それでリズムになるものを何か入れたいなと思って菜箸を見つけて入れてみたんです。

――また、「隣組」のアレンジも新鮮でした。

コトリンゴ あれは最初はどうしようかと迷っていたんですよね。あまりにも現代的にかけ離れるのも合わないかなと思って。それでこんなアレンジにしてみました。

――時代感についてはどのように考えて音楽を作られましたか?

コトリンゴ 最初に作り始めるとき、監督に「この時代に流行っていた音楽を踏まえて作ったほうがいいですか?」と聞いたところ、「いや、コトリンゴさんの音楽で大丈夫」とおっしゃいました。それで改めて自分でも1930年代や40年代の日本の歌謡曲を聴いてみると、戦争に入って外国の音楽が禁止になるまでは、すごくかわいい歌声の人がジャズを歌っていたりと、この時代は想像よりもずっと幅が広い音楽が流れていたということを知って。戦争中のいろいろと禁止になった時代の感覚で捉えていたので、そこはもっと自由でいいんだと発想を改める機会になりました。

――物語の後半は戦争が激しくなり、悲しい感じもでてきます。

コトリンゴ 後半になってきたらすごく難しくなってきて苦労しましたね。大きい編成は最後にとっておくということだったので、すずさんの精神的に追い詰められていく感じをどういうふうに表現していったらいいのかなというのはずっと考えていました。ちょっとだけエレクトリックな音も入れています。すずさんの心の中のグニャグニャした感じを表したくて、「あの道」とか「左手で描く世界」とかはエフェクトを多めに使ったりしています。

――主題歌「みぎてのうた」はどのように作られましたか?

コトリンゴ 原作に出てくる、右手が言っているようなモノローグを歌にしたいと監督から言われました。ただ、ちょっと言葉が多くて歌にするとすごく長くなってしまうので、そこは監督が抜粋して映画での長さになっています。また、途中で原爆のシーンが入ってくるので、そこはすごく歌も辛い感じにしたいというお話がありました。ただ、そこでおどろおどろしい歌い方になっても取ってつけたような感じになってしまうので、そこまで大げさにせず歌だけにしています。サントラ盤にはピアノ伴奏が入ったものが収録されていますが、本編の映像では演出のため、伴奏は取っています。

――EDテーマの「たんぽぽ」はいかがですか?

コトリンゴ 最後に救いがほしいということも聞いていたので、少しだけアップテンポにして、すずさんのここで生きていくという決意と、印象的だった綿毛のイメージを合わせて書きました。時間もなかったので、わりと一気に書いたのですが、監督が急いでエンドロールの絵を作って下さって、そこでまたさらに救われて未来に繋がる感じになって良かったなと思っています。

――改めて劇伴を作り終えてどんな感情を抱きましたか?

コトリンゴ 基本的に私は自分の関わった作品はあまり直後に客観的に観られないんですけど、やっと客観的に観られるようになってきました。今回はダビングという音付けの調整作業にも立ち会ったので、そこで自分で納得行く感じにできたのも大きかったです。今までは曲を作ってからしばらくブランクがあって、すごくドキドキしながら試写を観るという形だったのですが、今回はダビングも立ち会ったので、ゼロ号試写も安心して観ることができました。お客さんにも、すずさんの家族の一員になった気分で観てほしいなと思います。

Interview&Text By 日詰明嘉


●リリース情報
映画『この世界の片隅に』オリジナルサウンドトラック
音楽:コトリンゴ
11月9日発売
int-161110-002

品番:VTCL-60438
価格:¥2,900+税

<CD>
01.神の御子は今宵しも
02.悲しくてやりきれない
作詞:サトウハチロー 作曲:加藤和彦 編曲:コトリンゴ
03.引き潮の海を歩く子供たち
04.すいかの思い出
05.周作さん
06.うちらどこかで
07.朝のお仕事
08.隣組
作詞:岡本一平 作曲:飯田信夫 編曲:コトリンゴ
09.すずさんと晴美さん
10.広島の街
11.戦艦大和
12.ごはんの支度
13.径子
14.疑い
15.ありこさん
16.ヤミ市
17.りんさん
18..デート
19.大丈夫かのう
20.お見送り
21.あの道
22.良かった
23.左手で描く世界
24.白いサギを追って
25.広島から来たんかね
26.飛び去る正義
27.明日も明後日も
28.すずさんの右手
29.最後の務め
30.みぎてのうた
作詞:こうの史代・片渕須直 作・編曲:コトリンゴ
31.たんぽぽ
作詞・作曲・編曲:コトリンゴ
32.すずさん
33.New day

●作品情報
映画『この世界の片隅に』
11月12日(土)より テアトル新宿、ユーロスペースほか全国ロードショー
int-161110-001

【声の出演】
のん/細谷佳正/稲葉菜月/尾身美詞/小野大輔/潘めぐみ/岩井七世/澁谷天外

【スタッフ】
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル

<あらすじ>
どこにでもある 毎日の くらし。昭和20年、広島・呉。わたしは ここで 生きている。
すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19(1944)年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していく中で、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。 だが、戦争は進み、日本海軍の根拠地だった呉は、何度もの空襲に襲われる。庭先から毎日眺めていた軍艦たちが炎を上げ、市街が灰燼に帰してゆく。すずが大事に思っていた身近なものが奪われてゆく。それでもなお、毎日を築くすずの営みは終わらない。そして、昭和20(1945)年の夏がやってきた――。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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