INTERVIEW
2026.08.24
26歳の誕生日当日となる2025年12月22日、東京・EX THEATER ROPPONGIで開催された楠木ともりのワンマンライブ「TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2025 “LAPIDARIES”」が、ライブBlu-rayとして届けられた。2ndアルバム『LANDERBLUE』を携え、彼女らしいコンセプチュアルな演出や仕掛けが満載となったライブ本編の映像のみならず、当日の舞台裏に密着したドキュメント映像や同公演のライブ音源を収めた本作は、メジャーデビュー5周年に至るなかで試行錯誤しながら磨き上げてきた“ライブ”という表現の結晶体であり、ファンと共に磨き上げた宝石のような作品である。アーティスト・楠木ともりにとってのライブとは?その輝きの秘密にインタビューで迫る。
PHOTOGRAPHY BY 髙田 梓(ライブ写真)
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――まずは“ライブ”という大きな括りでお話をお聞かせください。楠木さんは作詞・作曲やイラストなどご自身でクリエイティブを行うなかで、ライブという表現活動はご自身にとってどんな場所になっていますか?
楠木ともり ライブは、自分の作った楽曲が音源とはまったく違ったものになっていく印象があります。自分で曲を書く時には「ライブでやるとこんなふうになったら良いな」というイメージがぼやっと浮かんでいるのですが、それを形にできる瞬間でもあって。観に来てくださっている方のリアクションによって、楽曲が自分の思ってもみなかった形になることもありますし、良い意味で生ものであり、未知なものであり、最終的に楽曲を良い形に持っていくことのできる、ある意味、楽曲の1つの完成系を作れる場所だと感じています。
――自分の作った楽曲や音楽が、ブラッシュアップしていくような感覚がある?
楠木 まさにブラッシュアップに近いと思います。もちろんレコーディングでも楽曲と向き合って一番良いと思う形を作り上げるのですが、曲というのは誰かに届いた時にやっと意味が生まれる部分があると感じていて。CDや音源として届くのとはまた別の、自分の目の前で「届いている」というのを実感できるのはすごく特別で、それによって引きずり出されるニュアンスや「こう歌いたい」という気持ち、レコーディングの時には出なかったものがライブでは出てくるんです。音源とライブ、どちらのほうが良いという話ではなく、表現としてより洗練されていく場所、というのがライブの立ち位置なのかなと思います。
――ライブで楽曲が変わっていくという実感について、具体的にどんな変化を感じるのか、もう少し詳しく説明していただけますでしょうか。
楠木 私は普段あまり自分の音源を聴かないのですが、特に初期の楽曲の場合、久々に音源を聴くと今とは歌い方が全然違うことに気づいたり、「今はレコーディングした時とは結構違った気持ちで歌っているんだな」と自覚することが多いです。その意味では、何度かライブで歌うなかで「あれ?ここの歌い方はそういえば変わったな」と後から実感することが多いですね。
――それを強く実感する具体的な楽曲を挙げるとすれば?
楠木 「バニラ」は、ライブを観た方からも「CDと全然印象が違いました」とよく言っていただける曲です。楽曲の内容としても感情が入りやすいですし、その時々で歌詞に対して感じることが変わるイメージなので、そういうのが自分の無意識下で変化として出ているのかなと思います。
――なるほど。ちなみに楠木さんは、ライブをやること自体は楽しいタイプですか?
楠木 本番はすごく楽しいです。ただ、本番に至るまでは「しんどい」というタイプです、結構(笑)。
――それはどのようなしんどさ?
楠木 言い方が難しいな……練習して曲を良くしていく作業はすごく大事だと思うのですが、私は練習をしすぎることがあまり好きではなくて。もちろんテクニカルな部分は練習してしっかり歌えるようにしますが、歌い慣れることで感情を固定させたくないんです。常に動くものでありたくて。リハーサルや練習では感情の解放があまりないので、その時間は曲の音楽的な部分にひたすら向き合う「特訓」という印象が強くなって、大変さやプレッシャーも感じますし、どちらかというとネガティブなほうに気持ちが向きやすくなる。でも、本番があまりに楽しすぎるので、やめられないという感じです。
――ライブ本番の楽しい時間を過ごすために頑張るわけですね。今の「常に動くものでありたい」という発言は、楠木さんのライブを語るうえで重要なキーワードなのかなと思って。アーティストのタイプとして、ライブで音源を完璧に再現することを目指す方もいますが、楠木さんのライブはそうではなく、毎回観るごとに曲が違う表情を見せる印象があります。
楠木 そうですね。私自身、ライブで音源通り歌うということにあまり魅力を感じていなくて。昔、とあるアーティストさんのライブを観に行った時に、歌がものすごく上手くて感動したのですが、それと同時にあまりにも上手すぎて「CDを聴いているみたいだな」と感じたことがあったんです。その時に「これはこれとして良いけれど、私がライブで表現したいものではない」と強く感じたのを覚えていて。それからは、ライブできれいに歌い上げて整ったものを作るというのは、私が目指しているものとは違うなあと思うようになって、悩んだ時期もありました。
――そうだったんですね。
楠木 私も歌が上手い方のライブに刺激を受けて、そういう方向性を試してみたこともあったのですが、「どこか違うな」と感じていて。そんな時に、ずっと観てくださっているスタッフの方に「楠木さんは感情を解放して、その時にしかないニュアンスが出ているのが魅力だから、その方向に安心して進んで良いと思うよ」と言っていただけたんです。それからは安心して「感情の動くままに歌おう!」と思ってライブができています。
――それはいつ頃のタイミングだったのですか?
楠木 割と最近です。2025年のツアー“Whose fault is it?”(TOMORI KUSUNOKI Zepp TOUR 2025 “Whose fault is it?”)の時くらいに、やっとその結論に辿り着きました。綺麗に歌わなくちゃと思っていたのは、コロナ禍で配信がメインだった時期の影響が強くて。配信だと生ものの空気感を届けるのが難しいので、緻密にやらなくてはいけない気持ちが強かったんです。でも、それってテレビ番組の音程を外さないように歌う企画をやっているような感覚というか、「ライブって感じがしないな」という気持ちがどうしてもあって。そういう悩みがあるなかで、毎回「このライブはここを目指そう」という目標を立てて、迷いはないようにやってきたのですが、自信をもって自分らしくライブで歌えるようになったのは、本当にそのタイミングでした。今は頭の中で「こう歌いたい」というプランが二つ出たときに、どちらを選ぶか決めやすくなりました。
――ステージで歌いながら、その場でプランを選んでいるんですか?
楠木 はい。曲が終わって「次はこの曲だな」となった時に、どう歌おうか本番中に考えていることもあって。その場の空気感やお客さんのノリで「これはじっくり聴かせたいな」とか、逆に「ニュアンス重視がいいな」というのを、ノリや勘で決めることも多いです。そういうときに「感情をちゃんと出していこう」と、嫌な悩み方をしなくなったなと思います。
――瞬発的な表現を大切にされているんですね。それは、楠木さん自身が作詞・作曲した楽曲が多いからこそ、自由なアプローチが取りやすいという側面もある?
楠木 それもあるかもしれません。自分の曲だからこそ責任が自分にあるし、どう歌っても私が感じることが全てだと思えるので。提供いいただいた楽曲の場合は「ちゃんと歌いたい」という気持ちが勝つことが多いですけど、自分が作った曲であれば自由でいいなと思っています。
――その即興的な感覚は、役者・声優としての活動と結びつくことはありますか?
楠木 完全にそこから来ている気がします。例えば、作品のイベントでバラエティ要素のある朗読劇をやらせていただく機会があるのですが、そういう時もあまり練習し過ぎたくないですし、アフレコでも相手と事前に相談するよりも、その場で「あ、こう来るんだ」というものに返していくのが、私としては一番良いものが出せると感じているので。なので緻密に固めすぎたくないという発想は、声優業から来ている気がします。
――楠木さんのライブは、ファンの方との距離感の近さも大きな特徴の1つだと感じていて。特にMCではお客さんに直接話しかけたり、すごくフレンドリーですよね。
楠木 気づいたらそうなっていました(笑)。でも、最初は意識的にそうしようと心がけていたところがあって。というのも、インディーズの頃のライブは、客席も見ないしMCもボソボソと言って終わるような、すごく距離があるタイプだったんです。それはMCでライブの雰囲気や世界観を壊したくないという思いが強かったのですが、その評判があまり良くなくて(笑)。そこから色々と試していくなかで、とあるスタッフさんに、曲とMCで雰囲気に差があるけどオン・オフがしっかりできていることを褒めていただいたんです。「最後に自分自身でライブをまとめるMCができているから、それで良いと思う」と言っていただいて、自分でも「これでいいんだ」と思えました。届けたい曲があるのにMCで壁を作っていたら意味がないですし、今は楽曲では感情を飛ばして、MCではその感情をお互いに分かち合える瞬間になっている気がします。
――今やMCも大切な時間になっているわけですね。
楠木 特にツアーの場合、会場ごとにお客さんのテンションが違っていて、「今日はちょっとおとなしめだな」とか「アガっているな」というのをすごく感じるんです。それを踏まえて、「このあと真面目なパートがあるから、どこかでトーンを変えなきゃ」とその場で考えたりするので、MCは会場の空気感を把握するためにも必要な時間かもしれないです。
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