INTERVIEW
2026.04.11
――さて、ここまでKOTOKOさんにはDIALOGUE+への印象をお聞きしてきましたが、現在のアニソンシーン全体に対してはどんな印象を持たれているのかもお聞きしたいです。
KOTOKO そうですね……「アニソンに関わりたい」という、すごくニッチなところに向かって挑戦してくる人がすごく増えたことは感じています。それって実は、私とは違うなと思うところでもありまして。私は「音楽をやれればなんでもいい」とオーディションを受けていくなかで、たまたまI’veに出会ったことでゲーソンからキャリアがスタートしたんです。だけど最近のアーティストさんや声優アーティストさんは「アニソンを歌いたい」というところを目指してくるので、「すごいなぁ」というか……。
田淵 なるほど。
KOTOKO やっぱりピンポイントなものを狙うほど難しくなるでしょうし、時代的に競争相手も多いから、デビューはできたとしても淘汰されることが多いと思うんです。私の時は同じようなことをやっている人が少なかったから、開拓者として「誰もやったことのないことをやる」という難しさはありましたけど、戦う相手はすごく少なかったんですね。でも今って、さっき言ったみたいに本当に戦国時代みたいな状況で、そこで生き残った者たちだけが長続きするような状態だから、私たちの時代以上に大変なような気がします。しかも最近ではJ-POPアーティストの方々に加えて海外のアーティストさんも日本のアニメに参入してきていて、限られた枠に対してやりたい人は増えるばかりだから……これからもっともっと厳しくなっていくような気がしています。
田淵 その中で淘汰されないための戦い方として、KOTOKOさんはどんなことが大事になってくると思いますか?
KOTOKO 私、自分は「来るもの拒まず」だったから良かったと思っているんです。例えば……あくまでも“例えば”なんですけど、作品の世界観が自分の中にはないちょっと汚らしいものやちょっと反社会的なものだったとしても、私は「その中で、作品を生かせる音楽が作れるならいいや」と思えたんですね。むしろ「この題材なら、こういう音楽が面白いんじゃない?」というように、自分にない引き出しを作ってくれたのがゲーソンの仕事だったんですよ。そういう経験を通じて、自分の引き出しも個性もすごく増えていきましたから。逆に、まだ自分が見えていないうちから「私はこれしかやりません」となってしまうと、可能性を狭めてしまうだけなんですよね。
田淵 なるほど。
KOTOKO だから「なんでもやります!」というか、「傍から見て、少しかっこ悪くてもいいや」というような気持ちでがむしゃらにやっていけないと、長続きはしないように思います。ただ、その「なんでもやります!」にも絶対的な条件がありまして。それは、1つ1つのことを「やると決めたからには真剣にやる」ということ。そういう気持ちで取り組むのであれば、「なんでもあり」でいいのかも。
田淵 あと、KOTOKOさんって今すごい数のライブをやられているじゃないですか?その「ステージに立って歌う」ということが、KOTOKOさんの中では長く続けるためには大事なことだったんですか?
KOTOKO そうです。ライブで歌うということが一番大事で、生きがいなので。最初にデビューした時はゲーソンだけだったのでステージで歌を披露することがなかなかできず、「ステージをやる」ということが最優先の目標だったんです。なのでデビューさせていただいて全国を回れるようになったことは私にとって「スタートラインに立った」ような感覚だったんです。だから、生涯やっていく天職としてライブステージというものは捨てたくない。そのためには、やっぱり年齢との戦いもあるんですけど(笑)、「10年前と変わらない声だよね」「20年前と変わらない声だよね」と言われるように続けていって、いつまでもそう言われるよう常に自分の精神を保っていく……みたいなところが肝かな、と思っています。
田淵 実際、キャリアの中で歌声ってどうなっていきましたか?
KOTOKO 声帯ってやっぱり筋肉なので歌わなければ歌わないほどすぐ落ちるんですけど、逆に私はありがたいことにコンスタントにライブをやらせていただいているのもあって、特に矯正トレーニングはしなくても自然とキープできています。
田淵 そうか、ライブで歌っているから。
KOTOKO はい。それがやっぱり、キープするための一番の方法なんですよ。その緊張感の中で、それこそお金を取って良いクオリティでいるために自分を律していく……ということが一番のボイストレーニングになっていまして。どこかレッスンに通ったりすることは一切なくて、自宅でのトレーニングのみなんです。でも、自分で「やる」と決めているのもあって、それでもキーは落とさずに。むしろデビューの頃より、今のほうが少しキーが広がったくらいなんですよ。
飯塚 えー……!?
田淵 すげぇ!実は「歌わない期間があると衰えていく」というのは、自分でバンドをやっているなかでも思っていたことだったんですけど……聞いたか飯塚!
飯塚 はい。まさに私、ずっと「いつまで出るかな?」と言われていましたもんね。
田淵 飯塚は地声でパーンと張る魅力があるんですけど、一番初期は振り絞って歌っているようにも聴こえるので、僕はデビュー曲のレコーディングの時には「この歌い方、長くはもたないんじゃないか?」と不安だったんです。でも、今のところはなんとかなっていて。
KOTOKO 多分、いけると思います。
田淵 いけるんだ!?
飯塚 あはは(笑)。
KOTOKO 私も、デビューの時に1日だけ有名なボイストレーナーさんにトレーニングをしていただいたんです。その時「あなたのこの歌い方だと、すぐ喉を潰すわよ」と言われたんですけど、潰さずにはや21年が経ちました!
田淵 なるほど(笑)。飯塚の歌って本当に不思議で、結構強めに歌っているように聴こえる“熱唱系”みたいなものなんですけど、そのコントロールがまだ上手じゃなかったときは高音が苦しそうに聴こえて。だから僕は、むしろキーの低い側のメンバーにカウントしていたぐらいなんです。でも、いつの間にか何らかのコツを掴んだのか……。
飯塚 気がついたら、出るようになりました。
田淵 それで、ボイトレの先生と1回顔合わせをしてみたら「すごく特殊な声帯をしてる」と言っていて。普通はどこかでミックスに切り替えるポイントがあるんですけど、飯塚さんにはなぜかそれが存在しないらしいんです。それで「先生が言うならいいか」と、割と高いキーのパートを任せるようになったんですよ。しかも、昔聴いていた時よりも明らかにキーは上がっているし、苦しそうに聴こえさせずに歌う技術もついていたので「立派だなぁ」と思いますし、「このキャリアまで、衰えなくて良かったな」とホッともしています。
KOTOKO 傍から聴いていて苦しそうでも、案外自分の中ではコツがある……ということって、結構あるんです。
――「気がついたら」ということは、どこかでコツを掴まれたような感覚もなく?
飯塚 はい(笑)。でも今振り返れば「これだったのかな?」と思うことはあって。私、もう公表しているんですけど、VTuberをやっていまして。いつも回転する椅子に座って目の前にマイクを置いて、パソコンの前でずっと歌っていたんですね。しかもその歌い方も、地声よりもちょっとキンキンしている、少し強めで鼻にかかったクセのある感じの声で……よく「酔っ払って大声を出したときの声に似てる」と言われるんですけど(笑)。そういう無理して出していそうな声で、週に1~2回くらい2時間とかずーっと喋っては歌い喋っては歌い……を繰り返していたら、いつの間にか高い声が出るようになっていました。
――なるほど、歌枠で(笑)。
飯塚 そうなんです。それくらいしか思い当たるフシがないんですよ。
KOTOKO なるほどね。私は歌なら平気なんですけど、喋りで無理に声を出すとすぐ声を潰すので、ファンクラブイベントとかで「30分トークした後にライブパートがある」みたいな構成が一番きついんです。だから飯塚さんのそれって、結構特殊能力かもしれない(笑)。もしかしたら声優業もやられているから、喋る時の喉の使い方も上手なのかもしれないですね。
――そのライブを続けるという観点ですと、DIALOGUE+さんの場合は歌に加えてダンスという要素もございます。そちらに関しては、年々気をつけるようになったことはありますか?
飯塚 あります。やっぱりみんな、ちょくちょくちょっと調子の悪い部分も出だしたので(笑)、「これは本当にケアをしないといけないね」となりまして。良いアイテムや整体の情報みたいなものは常に共有して、お互い気をつけ合うようにしています。
――「ライブを重ねているからこそ、ダンスしながら歌うことを続けられているかもしれない」という感覚もありますか?
飯塚 ありますね。なんならライブも月イチとかじゃなくて、もうちょっとやりたいくらいで……リハーサルのペースをずっと落とさずに、固定でレッスンがあるなかでやらせてもらっていることは、恵まれてるなと思います。「ライブ直前に短期間でやる」のではなく、ライフワークみたいに常にコンスタントにやる、というのが。
KOTOKO それは、まわりで環境づくりをする方の力もすごく大きいですよね。私もさっき「ずっとライブしてますよね?」とおっしゃってくださいましたけど、私がライブを好きなことをちゃんとわかってくれて、サポートしてくれるスタッフさんや周りの人たちがいるからこそ今があると思うんですよ。
田淵 確かに。それも長く続くために、大事なポイントですよね。
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