声優アーティスト・伊藤美来が日常で感じたことを切り取り、私らしく文章にしていくエッセイ連載「伊藤美来のmoi!」。
「初めましての方や応援してくれている方にも、表面的な私だけではなく自分の頭の中を見てもらう気持ちで書いていきたい。“伊藤美来”がどんな人間か知ってほしい」。
そんなオモイを込めて言葉を綴っていきます。
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ただいまの時刻、夜の10時。いつもならそろそろ寝る準備をしているところだが、帰って来てから何も手をつけられない。私は今、落ち込んでいる。お気に入りのサンダルが壊れた~とか、食べたかったタルトが品切れだった~とか、そんなかわいいもんじゃない。ちゃんと仕事のことだ。私が落ち込む原因は失敗したんじゃないかとか、配慮とか色々足りてなかったんじゃないか、とかそういう自分的憶測がほとんど。ただ、失敗と言っても人に話すと「そんなの気にしてたらキリないじゃん」と言われることが多い。そう。今の私は、“気にしすぎちゃん”なのである。いつもならまあいっかと思えることでも自分の失敗はどんなものでも許せなくなるし、その失敗をしたことで何か大きな事件になったらどうしようと不安になる。気にしすぎちゃんになってしまうと、例えばカフェでお茶をした帰りに「あれ?さっき座っていた椅子、ちゃんとテーブルの下に入るように元に戻したっけ……」と気になり、その日は1日引きずる。「嫌な客だと思われちゃったかな」「何で忘れちゃったんだろう」なんて嫌な妄想がもう、捗る捗る。冷静に考えてみると、もし自分がその店で働いていて、お客さんが座っていた椅子がたとえ引かれたままだったとしても多分気にしない。淡々と仕事をするだけだと思う。相手の行動や言動はまったく気にならないのに、どうして自分のしてしまったことは小さなことでも気になってしまうのか。結構な頻度で、この“気にしすぎちゃん“がやってくる。
私は子供の頃から、落ち込んだ時は落ち込めるだけ落ち込むのが定番。心の暗闇の奥深く、深淵が見えるまで潜って潜って沈んでいき、もうここが底だなと思ったらやっと上がる努力をする。そうすると自分も戒められてスッキリするし、底を見られて安心。そろそろ目の前のことを見てみるか、とゆっくり持ち直しに向かうことができる。でもなんだか……今日は無理。水面がなかなか見えてこない。きっと今日の落ち込みも、誰も覚えていない小さなことなんだろうが、無理なものは無理。いつもならもっと早く立ち直れるのにな。しかも夜も更けて来た。ん~どうしよう。眠くないし、映画や本にも集中できない。音楽を流して瞑想……なんて一番難しい。しかしこれは気晴らしをしないとまずい、多分明日に響く。まだお風呂もご飯も、仕事もクリアしてないのに。それは何が何でも阻止したい。家にいてもらちが明かないなら……仕方がない、外に行ってみよう。
外は暗くて春の風が気持ちいい。世の中物騒だから、気晴らしできたらさっと帰らないとな。外に出て来たものの、何をしよう。ふらふら歩いてるのも危ないし……。あ、そういえばご飯食べてないんだった。少し歩けばファミレスがあったはず。きっと遅くまでやっているだろう。行ってみると予想通りファミレスの看板は眩しいほど光っていた。店内はこの時間でも人が多く賑わっている。私のようなお一人様や、家族連れ、友人同士など、それぞれで食事やお喋りを楽しんでいる。明るい店内に微かに聞こえる雑談や作業音が心地良い。せっかく来たんだ、今日は自分の慰めと思って何を食べてもいいことにしよう。メニューを見て5分ほど悩み、結局いつも頼むパスタとサラダにしてしまった。ファミレスでは安定を求めてしまうんだよな。今日の出来事を思い出してはため息が出たが、家にいるよりは気分がましだった。
料理が来てからは、何も覚えていないほど無心になって食べた。いつに間にかお皿が空になってしまった。お腹……空いてたんだな。正直全然足りない。まだまだ食べられる。デザート、頼もうかな。ファミレスってデザートまでたくさん種類があってすごい。迷った挙句、一番お腹に溜まりそうなパンケーキを頼んだ。しかもアイス付きで。こんな夜中にパンケーキを食べるのはいつもならさすがの私も躊躇するが、今日はもうどうにでもなれだ。パンケーキにはソースや生クリームがかけられていて甘すぎなくらい。添えてあるアイスクリームも溶けてしまうので、まずはそのまま食べる。食べた瞬間、衝撃が走った。脳のモヤモヤしてる部分に冷たさが駆け巡り、口に残る甘みがそれをふわっと消してくれた。目が覚める感覚というか、その一瞬はこの冷たさと甘さのことしか考えられないという感じ。一口食べるごとに心の陰りが蒸発していった。アイスにこんな力があったなんて。今までアイスは機嫌の良い時に食べるものだと思ってたが、元気がない時こそこの冷たさと甘さが効くみたいだ。よし、帰ってお風呂に入ってしっかり仕事しよう。これからいつ“気にしすぎちゃん”が来てもいいように、コンビニでピノのアソートを2箱買ってから帰路に着いた。
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