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INTERVIEW

2023.05.24

楠木ともり、1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』を徹底解剖!豪華アーティストとの制作秘話とこだわりに迫る1万字超ロングインタビュー

楠木ともり、1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』を徹底解剖!豪華アーティストとの制作秘話とこだわりに迫る1万字超ロングインタビュー

声優としてのみならずシンガーソングライターとしても目覚ましい活躍を見せている楠木ともりが、自身初にして2枚組となる1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』をリリースした。2020年のメジャーデビュー以降に発表してきたEP4作品からの全楽曲に加え、Cö shu Nie、TOOBOE、ハルカトミユキ、meiyoからの楽曲提供を含む6曲の新曲を収録。彼女のこれまでの音楽活動の軌跡をアルバムのテーマに沿った新たな視座で体感できるのみならず、そのクリエイティブの最新の形や本質的な部分にも触れることのできる作品となっている。楠木ともりが今、音楽を通して表現したいもの、伝えたいこととは何なのか。新曲の制作エピソードを中心にアルバムの全容に迫る!

INTERVIEW & TEXT BY 北野 創(リスアニ!)

“存在”と“不在”の両視点から浮かび上がる新たな音世界

――待望の1stアルバムは『PRESENCE』と『ABSENCE』の2枚組ということで、“リスアニ!LIVE 2023”のMCで発表されたときは驚きました。

楠木ともり 私は今まで4枚のEPをリリースしてきたのですが、どの作品も収録曲を全部聴いていただきたい気持ちで作っていたので、今回アルバムにまとめるとなったときに、1曲も削りたくないし、全部聴いてもらいたいと思ったんです。そうしたらレーベルスタッフの方が「じゃあ全部入れましょう」ということで、2枚組にすることを提案してくださって。そこから、コンセプトもしっかりと分かれていたほうがいいんじゃないかということで、『PRESENCE』と『ABSENCE』になりました。

――『PRESENCE』は“存在”、『ABSENCE』は“不在”を意味する言葉ですが、こちらのタイトルおよびテーマは楠木さんのアイデア?

楠木 はい。色々考えているなかで、英語の対義語リストを集めたサイトでこのワードを見つけて、すごく引っ掛かりを感じたんです。今まで自分が書いてきた楽曲は、「自分と誰か」とか「自分の中の自分」みたいに、何かしらの「存在」に向けて書いたものが多かったので、“存在”と“不在”というテーマであれば、全部の楽曲に当てはまる1つの共通項になるんじゃないかと。スタッフの皆さんも満場一致でこのタイトルに決まりました。

――実際、既存曲も“存在”と“不在”というテーマに合わせてバランスよく分かれて収録されています。

楠木 そのアルバムのテーマが決まった時点で、既存曲を私の所感でバーッと振り分けてみたら、たまたま曲数が同じになったので「オッ!」と思って。それぞれに振り分けられた表題曲の数や全体のバランスも良さそうだったので、そこはすぐに決まりました。

――それはすごい。普段から“存在”と“不在”を意識して楽曲を書いているわけではないと思うのですが、分ける作業の中で新たな気付きもあったのでは? 例えばご自身の作風における二面性とか。

楠木 二面性というよりは、どの楽曲にも“存在”と“不在”の要素が入っていると思っていて。結局、その楽曲の主人公視点で考えたときに、どちらをメインで歌いたいかな、という部分で分けたところがあります。例えば「アカトキ」は自分の存在を肯定するような楽曲なので『PRESENCE』だと思いましたし、「遣らずの雨」の場合は“相手”という“存在”がいなくなってしまうことを歌っているので『ABSENCE』が合うと思って。

――各楽曲における“存在”と“不在”の視点の切り取り方を意識して振り分けていったと。また今回のアルバムでは、4組のアーティストからの楽曲提供も大きなトピックですが、楠木さんが作詞・作曲も含めてマルっと楽曲提供を受けるのは今回が初ですよね。

楠木 実は以前からずっと、これまでお世話になってきた方に書き下ろしてもらった楽曲だけで構成したアルバムをいつか出したい野望を持っていたのですが、今回は記念すべき1stアルバムなので、それを一度やってみようということで、自分が大好きな人たちにお願いしました。自分へのプレゼントじゃないですけど(笑)。

TOOBOE、Cö shu Nie、江口 亮らと作り上げた存在感ある新曲

――ここからは各タイトルに収録された新曲について、順番にお話を聞いていきます。まずは『PRESENCE』の1曲目「presence」。これは楠木さんご自身が作詞・作曲していますが、2枚組のアルバムの最初を飾る楽曲を意識して制作したのでしょうか。

楠木 まさしくその通りです。今回は2枚で1つの作品という気持ちだったので、そのオープニングとして盛り上がりつつも、グッと引き込まれる楽曲にしたいと思って。あと、スタッフさんに「明るい曲を書いてみよう」って言われていたんです(笑)。というのも、ライブのセトリを考えていたときに、「僕の見る世界、君の見る世界」みたいな、みんなで盛り上がれて明るい気持ちになれる楽曲が少ないという話になって。

――言われてみればそうかもしれません。

楠木 私の今までの楽曲をBPMや楽曲の系統別のグラフでまとめていただいたときにも、1か所だけ、「アップテンポ」で「明るい曲」の部分がガラ空きだったんです。じゃあ、ということで書き始めたんですけど、すごく難しかったです(笑)。

――一番書き慣れていないところなわけですからね。

楠木 「presence」というテーマは決まっていたので、“存在証明”みたいな感じの強くて明るい曲にしようと思って、詞先で書き始めたんですけど、ちょうどその時期、落ち込むことが多くて、どうにも明るい言葉が出てこなくて。歌詞に“鬱血してる”というワードがありますけど、その言葉は初期案からあったもので、最初はそういう感じが続いてずっと暗かったんです(苦笑)。それで一旦、筆を置いて考えたときに、曲を書きたい気持ちはすごくあったので、「なんでそれが明るい方向に向かないんだろう?」って思ったんですね。その瞬間、「ああ、この気持ちを曲にしたらいいんだ!」と思って。

――なるほど。ご自身のそのときの心境をそのまま形にされたと。

楠木 この楽曲は“衝動”が1つのテーマになっているのですが、私は誰もが色んな衝動を持っていると思っていて。「何かをしたい」とか「これを作りたい」みたいに強いパワーがあるけど、それはいざ外に出してみないとどの方向に向かうかわからない。そういう衝動をポジティブな方向に向けていきたい!ということを歌った楽曲にしました。

――ご自身の中にくすぶっていた形にならない衝動をポジティブに転換したわけですね。確かにこの歌詞、最初は言葉にならない感情に対して苛立ちのような部分も感じられますが、最終的には“僕でいいんだ”と肯定感のある言葉で締め括られます。

楠木 この楽曲、実は「遣らずの雨」通じる部分がありまして。Dメロの“誰かのためじゃない 僕自身を笑わせるため”という歌詞は、「遣らずの雨」の“君の笑顔で誰かが救われるのに 君の笑顔は誰も守らないのか”と真逆の関係になっているんです。「遣らずの雨」は周りに気を使い過ぎたことで自分を守れなくなってしまった曲なのですが、「presence」も最初はそうなりかけて暗闇を進んでいきつつ、結局、今は自分のためにパワーを使ってみようと思えたことで、明るい方向に進んでいける流れになっていて。この楽曲を聴いてくれた方が、自分でもよくわからない何かに対するパワーを明るい明日に繋げてほしい、という思いで書きました。

――そんな本楽曲のアレンジは江口 亮さんが担当。楠木さんとは、2022年に発表されたVtuberプロジェクト「VERSEⁿ」発の楽曲「空想」でご一緒されていました。

楠木 その流れもありましたし、私も元々さユりさんの楽曲とかで江口さんのアレンジに触れていて大好きだったので、今回お願いさせていただきました。

――先ほど、明るくアップテンポな楽曲を目指して作ったというお話もありましたが、まさにそのイメージに沿った爽快感のあるバンドサウンドに仕上がっています。

楠木 江口さんには、楽曲のイメージとメッセージをお話して、リファレンスとして色んなアーティストさんの楽曲もお伝えしていたのですが、最初はなかなか良い落としどころが見つからなかったんです。私としては、粗削りなくらいのバンドサウンドで、でも、明るくて、開放感もあって、エモーショナルな雰囲気もあって……みたいなお話をしていたのですが、それがなかなかまとまらなくて。そんなときに江口さんから「じゃあ楽曲のイメージカラーはありますか?」と聞かれたので、私の中でこの楽曲は屋上の景色が浮かんでいて、でもカラッカラに明るい感じではなくて、ちょっと海の底に沈む瞬間もあるようなイメージだったので「青緑」と、開放的で眩しい「白」とお伝えしたら、江口さんが「わかりました!じゃあ作ってみます」と言ってくださったんです。私は「今ので何がわかるんだろう?」と思ったんですけど(笑)、アレンジが上がってきたら私のイメージにピッタリだったので感動しました。

――イントロから鮮烈な色彩感が感じられて、今までの楠木さんの楽曲にはあまりないものを感じました。

楠木 ありがとうございます!これがアルバムの最初の楽曲ですし、ライブでやることも想定して、イントロを聴いた瞬間にどの楽曲かわかるくらい印象的なものにしたいとお伝えしたら、ギターから始まるイントロにしていただきました。それこそ「僕の見る世界、君の見る世界」はライブのとき、イントロのハイハットから「ドゥクドゥンドゥン♪」のところで、みんなが「キターッ!」ってなってタオルを準備してくれるんですよ。この楽曲でもみんなライブで盛り上がってもらえたらと思います。

――MVも拝見しましたが、先ほどお話されていた屋上のイメージが落とし込まれているような映像になっていますね。ビルの屋上でバンドと一緒に楽曲をパフォーマンスされていて。

楠木 そのイメージは監督にもお伝えしていて。撮影のときの天気も良くて、いつもは天気が思い通りにならないんですけど、やっと晴れました(笑)。それとあの場所、実は「遣らずの雨」のジャケットを撮影したのと同じ場所なんです。たまたまだったのですが、ファンの皆さんも結構気づいてくださっていて、よく見てくれてるんだなあと思って嬉しかったです(笑)。

――そして『PRESENCE』の4曲目に収録されているのが、TOOBOEさんから提供を受けた新曲「青天の霹靂」。打ち込み要素の入ったデジタルでワイルドなロックンロールです。

楠木 アップテンポでドロッとした感じ、少し毒々しさのあるボカロサウンドっぽいものにしたいということで、ボカロPさんにお願いしようというところから始まった楽曲です。TOOBOEさんは『チェンソーマン』でご一緒させていただいて、私のラジオ番組(「楠木ともり The Music Reverie」)にもゲストでお越しくださったのですが、そこでお話するなかでシンパシーを感じたんです。TOOBOEさんの「心臓」という楽曲のテイストが、私の中にあったイメージとすごく近かったので、それをリファレンスとしてお願いしました。

――実際に楽曲を受け取ったときの印象はいかがでしたか?

楠木 歌詞もアレンジも含めてすべてがTOOBOEさん節全開で、すごくテンションが上がりました!実は今回のアルバム、楽曲提供いただいたアーティストさんには、“存在”と“不在”というアルバムのコンセプトとそのどちらに収録されるか、あとは今お話したようなふんわりとしたことくらいしかお伝えしていなくて、あまり細かい発注はしていないんです。そして、TOOBOEさんからは逆に「どんなときに曲を書かれるんですか?」という質問をいただいて、私は自分の気持ちを吐き出すために楽曲を書くことが多いので、そのことをお伝えしたら、この楽曲を書いてくださって。全体的に日々の鬱憤や自分に対する嫌悪感、そこから転じた世間への嫌悪感とか、色んなぶつける気持ちが出ているので、歌っていて気持ちよかったです。

――自分もただただ感情を吐き出すような楽曲に感じました。

楠木 自分に自信があったうえで周りに当たり散らすのではなくて、とにかく自分に自信がなくて、自分が嫌いで、でもこの自分が馴染めない世界も嫌で、みたいな。自信の無さから生まれる負け犬魂みたいなところが、すごくTOOBOEさんの楽曲らしいなあと思いました。私もネガティブな要素を切り取ったパワーのある楽曲を書いていますけど、この曲は1個1個のフレーズごとに、その人の生きてきた人生やバックボーンが読み取れる気がするんです。“万能じゃない私って呆れる程に臆病で”はただ臆病なだけでなく、万能ではないことに対するコンプレックスがあるんだろうな、とか。歌っていてもそういう表情が浮かんでくるので、レコーディングのプランもすぐ固まりました。

――先ほどTOOBOEさんにシンパシーを感じるとお話していましたが、この歌詞の世界観にも共感できる部分はある?

楠木 これはTOOBOEさんにもお話したと思うんですけど、私は日々劣等感を感じながら生きてきたタイプの人間なんです。そういう劣等感を感じるから、どうにか人に好かれようと、褒められようと、認められようと、努力してきたところがあって。好きで努力したというよりも、認められるために努力してきたタイプなので、結局、自分の根幹にあるのは劣等感なんです。だからそういうところが共感できるのかなって、勝手に思っています。

――それとこの楽曲、長さが3分未満で、あっという間に駆け抜けていきますよね。

楠木 そうなんですよ。短いんだけど、その短さを感じさせない怒涛の展開で、耳に残るメロディがあって。

――Bメロで不思議な転調をしますし。

楠木 ここで心の不安定さが出る感じがしますよね。この楽曲は、外に向けてのすごく当たりの強いパワーと、それを自分に向けている部分が混在していて。サビはずっと自分に向けて当たり散らしていますけど、平歌の部分は結構外に向けて歌っているので、その差や視点の切り替わりを意識して歌うのが楽しかったです。

――Dメロで柔らかな歌い口になるところの、抑揚の切り替わりも印象的でした。

楠木 この部分は自分の中で“暗転”みたいなイメージがあります。それまでは、周りや色んなところにアタックをしているけど、ここで急に我に返ってしまうというか、自分の尖ったもので守っていた内側の、やわやわな部分が出てきてしまうところが人間っぽいなあと思って。なのでここは絶対に弱めに歌おうと思っていました。生バンドと一緒にやるとしたら、どんなアレンジになるのかがすごく楽しみだし、早くライブで歌いたい!

――『PRESENCE』の7曲目「BONE ASH」を提供したのはCö shu Nie。聴く前から楠木さんとは絶対に相性がいいだろうなと思いました。

楠木 私も音楽的にすごく影響を受けているアーティストで、実はこれまでもCö shu Nieさんの楽曲のテイストをリファレンスにして制作した楽曲もあって。なので今回、絶対にご一緒したくてお願いしました。「BONE ASH」に関しては、Cö shu Nieさんの毒があるけど気高い存在感に私も触れてみたかったので、“不在”よりも“存在”側のほうが合う気がして。あとは「青天の霹靂」がアップテンポだったので、この曲ではテンポにはこだわらず、Cö shu Nieさん節が全開なものとしてお願いしました。

――かなりざっくりとしたオーダーだったんですね。

楠木 多分、今回の中ではCö shu Nieさんが一番ざっくりしていました。「好きです!Cö shu Nieさん全開でお願いします!」みたいな感じで(笑)。そうしたら中村未来さんから「幼少期はどんな子でしたか?」「家族構成は?」みたいな感じで、自分が育ってきた環境についてたくさん聞かれて。その中で生まれたのが“ノートはきっちりととる派 間違えないの予習復習 やれるだけやるわ”という歌詞だったんです。私はかなり厳しく育てられたがゆえに、真面目で優等生なタイプだったんですけど、だからこそ友達とあまりうまくいかなくなった経験があって。その話を基に作っていただいた歌詞だそうです。

――なるほど。歌詞に“燃やして今ここにある孤独を”とありますが、全体的に“孤独”であることを肯定するようなニュアンスが感じられました。

楠木 “孤独”であることすらを燃やして原動力にしているような、自分の生き様を凛とさせて、弱さや辛い部分があっても、周りにはそれを見せずに強く生きるようなテイストがありますよね。未来さんの中では、私が積もっている灰をフーッと吹いて、「何ですか?」みたいに凛としているイメージを持っていただいたみたいで。“やれるだけやるわ”という歌詞も自分のスタンスに結構近くて。「成功させる」「完璧にやる」ではなくて、自分のできないことも認めたうえで、でもベストは尽くすというのが、自分のポリシーでもあるんです。そこに重なる部分もあって、仕事前にこの曲を聴くとすごくやる気が出て元気になれる曲です。

――サウンド的にも、カオティックななかに優雅さが感じられて、Cö shu Nieさんらしさが全開ですよね。

楠木 クラシカルで大人な感じもありつつ、定まりきらないあどけなさも感じるというか。そのアンバランスな部分がこの楽曲のバランスになっているように感じました。

――ファルセットを織り込んだ歌い方に未来さんっぽさを感じたりもしたのですが、その辺りは意識されたのでしょうか。

楠木 仮歌を未来さんが歌っていて、ディレクションも未来さんがその場でサラッと歌って教えてくださるので、私は「はい!」っていう感じで歌って(笑)。なので裏声で抜いたり、リズムの取り方といったテクニカルな部分ではすごく参考にさせていただきましたが、自分の曲にしなくてはいけないので、似せるようなことはしませんでした。印象に残っているのが、サビで頻繁に裏声にひっくり返るところで。ここで未来さんが「強さを出すためにミックスボイスにしてみましょう」と言ってくださったんですけど、私の中のイメージが違っていたのか、なかなか切り替えられずにいたら、「こっちのほうが素敵かもしれないので、このまま行きましょう」と言ってくださって。自分の中にプランがありつつ、ディレクションで俯瞰的に見ていただく部分もあって、すごく丁寧に録らせていただきました。

次ページ:ハルカトミユキからの“手紙”、meiyoがもたらした“意外性”

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