【スペシャル】“私は私のままで”――。3rdアルバム『HIKARI』制作を振り返る、内田真礼×黒須克彦×田淵智也スペシャル鼎談

およそ3年ぶりとなる3rdアルバム『HIKARI』をリリースする内田真礼。この1年あまりの世界と向き合い、様々なことを思い、悩んだ彼女が今回のアルバムを象徴するトラックのクリエイターとして手を取ったのは、辣腕の音楽プロデュース集団・Q-MHzだった。
本記事では内田本人に加え、今回楽曲制作の中心として携わった黒須克彦と田淵智也を迎えての、鼎談形式の制作回顧録をお届けする。決意を新たに音楽を送り出し、「今が最強」と称される内田の心境を、彼女を長年支えてきた二人のクリエイター視点からの内田真礼像をまじえて聞いた。

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誰にお願いしようかとなったときに、もうこの方々しかいないんじゃないかと(内田)

――まずは内田さんと田淵さんがお会いするのがだいぶお久しぶりということで。

内田真礼 めちゃくちゃお久しぶりです。いつ以来ですかね?

田淵智也 この感染症時代になってから初めてなのは間違いないですね。お元気でしたか?

内田 元気でしたよ。ここ最近は働くマシーンと化してました。

田淵 素晴らしい!

――黒須さんと内田さんは最近もお仕事でご一緒されてるのですか?

黒須克彦 そうですね。7月のライブ(“UCHIDA MAAYA LIVE 2021「FLASH FLASH FLASH」”)やレコーディングとかでも何度かお会いしてましたね。

――そんな内田さんと親交の深いお二人が、今回はQ-MHzとしてユニットで楽曲提供していると。内田さんは今回はなぜこういったコラボになったかは聞いていますか?

内田 聞いておりません(笑)。でもこれまでもアルバムでは最初と最後の曲を同じアーティストに作っていただくのが恒例になっていて、今回3度目でいよいよ誰にお願いしようかとなったときに、もうこの方々しかいないんじゃないかと。

――お二人はQ-MHzとして、依頼の第一報を聞いてどう思われましたか?

黒須 とうとう我々に来たかと思いました(笑)。プロデューサーの冨田(明宏)さんからの発注の時点で、今回こういう理由でQ-MHzが必要なんだというしっかりしたビジョンありました。

田淵 もうアルバムの全体像が見えていたので、はっきりとこの位置にこういう曲を書いてもらいたいというリクエストでした。面白い発注だったので嬉しかったですね。

――具体的にはどのような発注内容だったのですか?

田淵 僕、いただいたパワポ持ってますよ。真礼ちゃん覚えてます?

内田 いや全然覚えてないです(笑)。

田淵 要約するとファンへのメッセージとして「自分から発信する笑顔で幸せの連鎖をつなげていきたい」みたいなコンセプト。チームでそういう制作会議をするんですね。

内田 そうですね。延々とお話をする会というか、私の心境をヒアリングしてもらうというか。それこそ冨田さんからインタビューされるみたいな感じで。

田淵 それって今回は時期的にはいつ頃だったんですか?

内田 たしか今年の春頃だったと思います。

田淵 聞いてみたいのは、時代が大きく変わってしまったじゃないですか。それでやりたいことができなくなってしまったときに、内田真礼として何を考えて、何ができなくてどう悔しかったのか、そこから次に何をするのかと進んだときに、どんな言葉が出てきたのか。それを今日知りたいなと思って来たんですよ。今回のアルバムにはその言葉が結集したんだろうなと思って。何か話してもらえることってあります?

内田 私は音楽が嫌いになりそうだったんです。去年の7月5日って本来は横浜アリーナ公演があって、そこに向けて頑張っていたから。あの状況でやむを得ないとはいえ、無観客でやったライブでの自分が物足りなくて恥ずかしい気がしてしまって、どうしても受け止めきれなくて……。自分への自信のなさやファンがいないことの怖さがありありと現れてしまって、ライブをするのが嫌な時期もあったんです。そこから考えつくかぎりのいろんなやり方を試した結果、今年の春ごろに「もういいや!」って吹っ切れたんです。いつまでもウジウジ塞いでてもダメだなというか。今できないことや、持っていきたい色んなものから手を放して、次のステップに進もうと思ったらスッキリ前を向けた……なのでこのアルバムを作るときの話し合いでは、私めちゃくちゃポジティブだったと思います。

田淵 なるほど、それはお客さんがいないライブを体験してみて悲しかった、やはりファンと向き合いたい想いが強くなったと。

内田 誰のために音楽をやりたいかを一度リセットして考えてみて、やっぱりファンだなと。私は自分一人でパフォーマンスがしたいんじゃなくて、みんなと一体になる体験がしたかったんだな、ライブが好きなんだなって。改めて思ったんです。

――内田さんのそういった結論がアルバムの発注には反映されているわけですが、黒須さんはそこに至るまでの過程にも帯同していると思います。葛藤していた期間の内田さんを見ていかがでしたか?

黒須 去年の無観客ライブから次のライブまでは会っていないので、実は僕も1年くらいブランクがあるんです。その間にどう変わったかを確認する場がこのアルバム制作という感じだったので、本人やチームの皆さんと会って、音楽を通してだったり会話の内容だったりで、「あ、色々変わったんだな」と実感しました。冨田さんとアルバムの打ち合わせをしたときにも、今真礼ちゃんが話していたのと同じようなことをおっしゃっていて。「色々経て今の内田真礼は最強です」って言ってました(笑)。

田淵 聞いた聞いた。「菩薩の内田です」って言ってた(笑)。

内田 そうだ、「すべてを許せるようになった」みたいなことを話しました。色々思ったように活動できない期間があって、「執着から手を放すことって必要かも」って思ったんです。それが今回の話し合いの中でも大きな要素で、今回の制作期間でも私のチームに長くいたスタッフの方が異動になったり、逆に長らくご無沙汰だった方がチームに戻ってきたりもして、因果関係はなくても物事って動くんだなと思って。

田淵 やっぱりアーティストのキャリアが長くなると会社やチームって若返るタイミングがあるし、「内田はここまで育ったし若い者に現場を任せてみようか」みたいなことは起きますよね。自分もバンドをやっていて感じますけど、結局そういう周りの環境の中で自分が考えて提案して自分で動かないと長続きしないっていうのはあるので、真礼ちゃんにも来るべき時が来たということなんじゃないかな。そういう経緯で出てきた結論が、「自分の限界を自分で決めるのはやめた」なんだと冨田さんがおっしゃっていて、「私はなんでもかんでもやってみるぞ」というのが内田なりの成長なのですと。じゃあ何のために音楽をやるのかと問うたときに「ファンのためだ」という答えが出てきたのが自分で決めて行動するようになった証というか、たくましく成長されている証拠なのではないかと、「ギミー!レボリューション」の頃から見ていて思います。

次ページ:テーマは「ギミー!レボリューション2021」(田淵)

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