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INTERVIEW

2021.07.22

劇場オリジナルアニメ―ション作品『サイダーのように言葉が湧き上がる』公開!イシグロキョウヘイ監督インタビュー

劇場オリジナルアニメ―ション作品『サイダーのように言葉が湧き上がる』公開!イシグロキョウヘイ監督インタビュー

憧れの大貫妙子が見抜いた本質、牛尾憲輔とネバヤンが参加した意味

――また、本作は実際に音楽も素晴らしい内容になっています。まずは何と言っても、劇中歌「YAMAZAKURA」を提供・歌唱した大貫妙子さん。近年はシティポップリバイバルの文脈で海外でも人気を集めているベテランですが、監督はシナリオ執筆中に大貫さんの作品を聴いていたらしいですね。

イシグロ まず劇中でサクラが作った楽曲が流れるシーンのシナリオを書くにあたって、音楽がないと気持ちが乗らない部分があったので、イメージに合いそうな既存曲を聴くことにしたんですね。サクラの曲は70年代ぐらいに作られた設定になるので、70年代の女性シンガーソングライターということで、ユーミン(松任谷由実)や五輪真弓さんとか色々浮かんだのですが、僕は大貫さんが好きだったので、『Grey Skies』(1976年発売の1stアルバム)から、そのシーンに当てはまりそうなものを聴き直していったんですよ。それで行き着いたのが「春の手紙」(1993年発売のアルバム『Shooting Star in the Blue Sky』収録曲)という楽曲で。時代的にはシティポップからズレるんですけど、ドラマチックな展開や歌詞の内容にリンクを感じて、「春の手紙」を何回も繰り返し聴きながらシナリオを書いたんです。で、シナリオが完成して制作を進めるなかで、実際に劇中で流れる楽曲を作らなくてはいけないとなったときに、軽い気持ちで「大貫さんはどうですか?」と口にしたら、本当にやってもらえることになって。しかもご本人が歌ってくれるということで、嬉しかったけど緊張も凄かったですね。「これ、本当に発注できるかな?」と思って。

――それだけ好きなアーティストだったと。

イシグロ 学生時代から聴いていた方ですからね。まさか自分の監督作品で新曲を書き下ろしてくれるなんて想像もしていなかったので。でも、大貫さんは作品の内容をしっかりと理解したうえで楽曲を仕上げてくださって、本当に感動しました。レコーディングも参加というか見学したんですけど、ブースの奥からスピーカーを通して聴こえてくるんですよ、あの大貫妙子の声が。そこから曲がどんどん出来上がっていって。最後には「ありがとうございました」って握手もしていただきました。

――今お話ししている姿からも、純粋なファンということが伝わってきます(笑)。『サイコト』の公式サイトに掲載されている大貫さんのコメントによると、「YAMAZAKURA」の制作に取り掛かる前に監督とお話されたとのことですが、どんなお話をしたのですか?

イシグロ 僕からは作品の世界観だとか、今回、大貫さんにはある意味、サクラのキャラソンを歌っていただくようなものなので、サクラが当時どんな思いで曲を作ったかを細かく説明しました。まあ、ざっくり言うと、夢破れて諦めてしまったフジヤマさんを励ますための曲なんですよね。その話をしたときに、一番ハッとしたのが、大貫さんに「フジヤマはあなたのことよね?」って言われたんですよ。

――えっ、それは……!

イシグロ 僕は無意識だったんですけど、たしかにそうなんですよ。ミュージシャンになりたかった学生時代の僕なんです、フジヤマは。そういうことも踏まえたうえで歌詞を書いていただいたので、個人的には僕へのメッセージのようにも感じてしまって、感動しました。最初の出会いでそれを見抜く感性があるからこそ、大貫さんなんだなって思いました。それが一番の思い出ですね。

――素敵なエピソードをありがとうございます。ちなみに楽曲的には、いわゆる70年代のウェストコーストロックを想起させるような曲調になっていますが、これは監督から何かしらリクエストしたのですか?

イシグロ はい。「サクラさんは“日本のキャロル・キング”みたいな感じ」とお伝えしていたので、大貫さんもそれを少し意識してくださったみたいで。『Tapestry』(1971年発売のアルバム)の頃のキャロル・キングだとか、大貫さんのデビュー当時から80年代に繋がるアレンジや曲構成になっていると思います。

――そして劇伴音楽は、イシグロ監督とは初顔合わせの牛尾憲輔さんが担当しています。

イシグロ 牛尾さんとお仕事するのは初めてですが、agraph(牛尾のソロユニット活動時の名義)も以前から聴いていて。今回、牛尾さんにオファーした意図は明確で、僕の中では劇伴におけるメロディの扱いが重要なんです。さらに突っ込んで説明すると、メロディばかりが立っていて、メロディで感情を誘導しようとしているのが見え見えの劇伴があまり好きではないんですね。

――なるほど。

イシグロ 僕にとっては、どちらかというとリズムのほうが重要なんですよ。そう考えるとトラックメイカーの方になっていくんですね。牛尾さんのお仕事だと『聲の形』の劇伴が特にセンセーショナルで、メロディ楽器のピアノを使いながらリズムで曲が構成されていて、なんか不思議なんですよね。ただ、今回に関してはリズム主体、agraph的な側面を前面に出した牛尾さんの曲が地方都市のシティポップ調アートで流れたらかっこよくなるイメージがあったので、早い段階でオファーさせてもらいました。

――たしかに今作での牛尾さんの劇伴は、室内楽的な生楽器の音も交えつつ、エレクトロニクスの要素が強い印象を受けました。

イシグロ そうですね。これは自分で言うのもアレですけど、牛尾さんの音楽と『サイコト』のポップアート調で描いた地方の組み合わせっていう想像は、音楽が好きじゃないとなかなか行き着かない気がしますね。さっきの「ブギー・バック」の話と少し被りますけど、思いもよらないもの同士が合わさったときに生まれる新しい感覚って、最近はあまり見受けられないような気がしていて。特に最近の劇伴は、お客さんに対して丁寧すぎる劇伴と、めちゃくちゃ尖っている劇伴の二極化している感じがするんですよ。例えば『オッドタクシー』はPUNPEEやVaVaの劇伴があのビジュアルで流れることでめちゃめちゃかっこよくなっていて。あの感覚は音楽的な素養がないと難しいと思うので、木下(麦)監督は多分音楽が超好きだと思います。

――never young beach(以下、ネバヤン)による主題歌「サイダーのように言葉が湧き上がる」についてもお伺いさせてください。こちらは監督からオファーされたのですか?

イシグロ 正確には音楽プロデューサーの石川(吉元)さんからです。時系列としては、まず牛尾さんに劇伴を作ってもらうことが決まって、そこから大貫さんの楽曲が劇中歌になることが確定して。で、美術はポップアート調。その文脈を考えていったときに、大貫さん、つまりサクラのメッセージを受け取った現代の子が、物語の最後にかかる楽曲を書くとしたら、誰が歌うのがいいか?と考えたときに、ネバヤンなら音楽の文脈的に正しいなと思って。それこそ細野晴臣さんやはっぴいえんどから始まった日本語ロックの系譜の、今の急先鋒がネバヤンだと思うので。なのでネバヤンにオファーをさせていただいて、主題歌を書き下ろしてくれました。

――まず曲名が映画のタイトルそのままというのが、思いきりがいいですよね。

イシグロ キャッチーですよね。安部(勇磨/never young beachのフロントマン)くんと打ち合わせしたんですけど、僕は音楽を作る側の気持ちもわかるので、ある程度具体的な発注はするんですけど、踏み込みすぎないようにするんですよ。なのでタイトルは特に何も指定してなかったんですけど、まさかタイトルをそのままサビで歌うとはっていう。すごく直球ですけど勇気がいることですからね。でも素晴らしい塩梅で入れ込んでくれたのでありがたいです。本人も「かなり自然に出てきた」と言っていました。

――歌詞の内容も、チェリーとスマイルがコンプレックスの解消とともに自己を確立していく物語を受け止める楽曲として、このうえなくマッチしたものになっています。

イシグロ 恋愛の皮を被った自己確立の物語というこだわりは、安部くんも感じ取ってくれていて。「誰の視点で書くかは絶対オーダーしないから、考えてほしい」と言っていて、曲調も明るいもので、スパンと始まる感じにしてほしいとは伝えていたんですけど、その解釈はネバヤンにお任せしていたんです。だから道は迷わないようにしつつ、自由な発想を妨げないようなオファーはしたつもりです。実際あがってきた楽曲もバッチリでした。

イシグロ監督の原点にある音楽、アニメと音楽を介した新しい入り口

――これは音楽好きの監督にぜひ聞いてみたい質問なのですが、映画の中でフジヤマのおじいさんがずっと探していた“思い出のレコード”のように、監督にとって絶対に忘れられない音楽・楽曲はありますか?

イシグロ これは好きすぎてかなり悩むところですが……1つ、本当に個人的な話で言うと、僕が大学を卒業するまでやっていたThe Sparksというバンドのオリジナル曲「ミウラ」ですね。そのバンドのメンバーは全員高校の同級生で、僕は21歳の頃に途中から参加したんですけど、その加入するきっかけになったのが「ミウラ」だったんです。音楽の人生を歩もうと思わせてくれた曲であり、自分はこんな曲を作れないと思わされた曲でもあって。その曲を作ったメンバーの才能には追い付けないと感じて惨めな気持ちにもなるんですけど、僕はその曲がすごく好きなんです。今は全然聴いてないですけど、それを聴くと色んな気持ちになるんですよね。なんか諦めている自分と、やっぱり音楽はすごいなっていう気持ち、この曲をやれるバンドに入れた嬉しさとか、色んな気持ちが湧き立つんです。その意味で忘れられない曲ですね。

――ちなみにその楽曲は世の中に流通していたりするのでしょうか?

イシグロ あ、してないです。完全にインディーで活動していたし、デビューもしてないので。でもあえて言うなら、僕が放置しているSoundCloudのアカウントに当時録音した音源を公開しているので、聴こうと思ったら聴くことはできます。僕が妻(『サイコト』のキャラクターデザイン・総作画監督を担当しているアニメーターの愛敬由紀子)と一緒に運営しているサイトにリンクを張ってあるので、興味があればぜひ聴いてみてください。それがいいか悪いかは置いておいて、これが僕を縛りつけたり解放したりする曲なので。

――ぜひ聴いてみます。最後に、音楽好きの方が多いリスアニ!WEBのユーザーに向けた、『サイコト』の楽しみどころをお聞かせいただけますでしょうか。

イシグロ これは勝手なイメージですが、アニメと音楽は親和性が非常に高いので、アニメ好きの中には音楽が好きな人も多い気がするんですよ。今回取材を受けるにあたってリスアニ!WEBの最近の記事を拝見させていただいたのですが、『NOMAD メガロボクス2』の森山(洋)監督とmabanuaさんのインタビュー記事、ここではあえて“さんづけ”はしませんが、mabunuaがリスアニ!のような媒体に登場することは僕にとって結構重要なんですよ。

――というのは?

イシグロ mabunuaというアーティスト単体で捉えると、音楽好きの人が色んな音楽を聴くなかで出会う場合が多いと思うのですが、『メガロボクス』を切り口にmabunuaにもフォーカスを当てることで、それがまた別の入り口になっていると思うんですね。それはリスアニ!のような媒体がやるべきことだと思っていて。

――自分もそういった意識で取材や記事作りをしているので、大変嬉しい言葉です。

イシグロ だから、アニメが好きで観る人の中には、大貫さんやネバヤンの音楽を普段聴かない人もいると思いますが、こうして『サイコト』を記事として扱ってもらうことで、入り口になると思うんですよ。今の時代はサブスクで新しい音楽や過去作に触れるハードルが下がっているので、例えば牛尾さんのことをagraphとして知らない人も、この記事を読んで「agraphではどんな音楽を作っているのかな?」と興味を持てば手軽に聴くことができる。『サイコト』もそういう好奇心を刺激するものに、音楽にちょっとした興味がある人の深掘りになるものになってほしいなと思っています。

INTERVIEW & TEXT BY 北野 創(リスアニ!)

▼音楽担当・牛尾憲輔さんからリスアニ!WEBへコメントも到着!

鮮やかな色彩の世界で起こる、ひと夏の出会いをなんとか優しく包み込もうと作曲しました。
本来ならばあれこれ悩むところでしたが、監督のディレクションがすでに明瞭でしたので僕の方で悩むこともなく純粋に楽しませて頂いちゃいました。
皆さんもまるでソーダのようにわきあがる、音楽の情感を一緒に楽しんで頂ければ幸いです。


●リリース情報
『劇場オリジナルアニメーション「サイダーのように言葉が湧き上がる」オリジナルサウンドトラック』

発売中

品番:VTCL-60522
価格:¥3,080(税込)

<収録内容>
01.Soda Bottle Baby
02.Nouvelle Mall
03.It’s A Mess!
04.Sunny
05.Sunset Like An Orange
06.Face-2-Face
07.Sepia
08.Detour
09.#Kawaii!!
10.Bitter Sweet
11.Words Bubble Up Like Soda Pop
12.Close Sig
13.Look For Something
14.Warm Light
15.Yes, We’re Open
16.I Like You
17.Your Smile
18.Words I Couldn’t Say
19.Tears
20.I wish…
21.YAMAZAKURA / 大貫妙子  作詞・作曲:大貫妙子 編曲:小倉博和
22.YAMAZAKURA(Instrumental)
23.サイダーのように言葉が湧き上がる / never young beach
作詞・作曲:安部勇麿 編曲:never young beach
24.小山田だるま音頭 / 成世昌平  作詞:佐藤 大 作曲・編曲:牛尾憲輔

※1~20 作詞・作曲・編曲:牛尾憲輔

●作品情報
『サイダーのように言葉が湧き上がる』

7月22日(祝・木)全国ロードショー

<概要>
本作は、人とのコミュニケーションが苦手な俳句少年と、コンプレックスを隠すマスク少女。何の変哲もない郊外のショッピングモールを舞台に出逢ったふたりが、言葉と音楽で距離を縮めていく、ボーイ・ミーツ・ガールStory。
監督を務めたのは、「四月は君の嘘」、「クジラの子らは砂上に歌う」などを手掛け、繊細で叙情的な演出に定評のあるアニメーション監督・イシグロキョウヘイ。バンドで活動した経歴を持ち、音楽にも造詣が深い彼が、言葉×音楽をキーワードに、少年少女の「ひと夏の青春」を描いたオリジナルアニメとなっている。
主人公であるチェリー役には、初映画、初声優、初主演となる歌舞伎界の超新星・八代目 市川染五郎を起用!ヒロインのスマイル役は、若手随一の確かな表現力で高い評価を受ける杉咲花が担当。また、山寺宏一や藩めぐみ、花江夏樹、神谷浩史、坂本真綾ら旬な声優陣も勢揃いし、フレッシュな競演が「ひと夏のできごと」を輝かせる!
音楽制作を務めるのは、「マクロス」シリーズをはじめ、アニメーションの劇伴やアニソン制作において第⼀線を走り続ける音楽レーベルフライングドッグ。同社の10周年記念作品ともなる本作は、『映画 聲の形』などの劇伴制作で知られる牛尾憲輔が担当。タイトルと同名の主題歌をnever young beach が、劇中歌を大貫妙子が書き下ろすなど、注目を集めている。

<STORY>
17回目の夏、地方都市――。
コミュニケーションが苦手で、俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、ショッピングモールで出会い、やがてSNS を通じて少しずつ言葉を交わしていく。
ある日ふたりは、バイト先で出会った老人・フジヤマが失くしてしまった想い出のレコードを探しまわる理由にふれる。ふたりはそれを自分たちで見つけようと決意。フジヤマの願いを叶えるため一緒にレコードを探すうちに、チェリーとスマイルの距離は急速に縮まっていく。
だが、ある出来事をきっかけに、ふたりの想いはすれ違って――。
物語のクライマックス、チェリーのまっすぐで爆発的なメッセージは心の奥深くまで届き、あざやかな閃光となってひと夏の想い出に記憶される。
アニメ史に残る最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がる!

【CAST】
市川染五郎/杉咲 花
潘 めぐみ/花江夏樹/梅原裕一郎/中島愛/諸星すみれ
神谷浩史/坂本真綾/山寺宏一

【STAFF】
原作:フライングドッグ
監督・脚本・演出:イシグロキョウヘイ
脚本:佐藤 大
キャラクターデザイン・総作画監督:愛敬由紀子
音楽:牛尾憲輔
演出:山城智恵
作画監督:金田尚美 エロール・セドリック 小澤 郁 渡部由紀子 辻 智子 洪 昌熙 小磯由佳 吉田 南
原画:森川聡子
プロップデザイン:小磯由佳 愛敬由紀子
色彩設計:大塚眞純
美術設定・レイアウト監修:木村雅広
美術監督:中村千恵子
3DCG監督:塚本倫基
撮影監督:棚田耕平 関谷能弘
音響監督:明田川 仁
アニメーションプロデューサー:小川拓也
劇中歌:「YAMAZAKURA」大貫妙子
主題歌:「サイダーのように言葉が湧き上がる」never young beach
アニメーション制作:シグナル・エムディ×サブリメイション
製作:『サイダーのように言葉が湧き上がる』製作委員会
配給:松竹

©2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

関連リンク

『サイダーのように言葉が湧き上がる』公式サイト
http://cider-kotoba.jp/

『サイダーのように言葉が湧き上がる』公式Twitter
https://twitter.com/CiderKotoba

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