INTERVIEW
2017.01.15
――堀江さんと神田さんのステージでのアグレッシブさは、ライブで非常に大きなキーになっていると思います。ライブでのステージングというものに関して、PENGUIN RESEARCHはどうお考えですか?
堀江 僕は普段、本当に家から一歩も出ない人間なんですよ。運動も汗かくのも嫌だし、近くのコンビニに行くのも億劫なんです。だから通販で水を買って過ごしているくらいなんですよ。運動しなさすぎて、このままだと老後ヤバイだろうなと思ってます。朝起きて顔を洗って歯を磨いたら制作部屋のイスに座って、そこからイスとトイレにしか行かずに終わる日もあるんですよ。仕事して、近くに置いてあるお菓子を食べて、ゲームして、トイレに行って、「あ、寝よ」みたいな日が全然あります。だから暴れる場所がステージくらいしかないんで、「運動しとこう」という気持ちが正直ありますね。あとは普段動かないもんですから、いざスイッチが入って動き出すと自分でもよくわかんなくなっちゃうんですよ。だから大体ライブが終わると身に覚えのない所が出血しまくってるんです。
神田 よく痛いって言ってる(笑)。
堀江 本番中は多分何か脳内物質が出てるんでしょうね。どれだけぶつけても「楽しい!」ってなってるんですけど、ステージが終わって楽屋に引っ込んだ瞬間に我に返って「あっ、痛い!」って。
全員 (笑)。
堀江 毎回それです。
けいたん でもそれはわかる。
ドラゴン ステージってアドレナリンがすごく出るからね。
堀江 ステージに上がるまでは滅茶苦茶緊張するんですよ、僕。あがり症だし人前が嫌いなんです。人が多い所が嫌いだから、電車も乗れないんです。でもライブハウスって人がいっぱいじゃないですか。だから本番5分前とか動悸が半端ないです。逆に神田さんはずっとライブ人間なので、慣れてるというかライブをわかっているというか、そこの違いはあると思います。
――神田さんギタープレイは、ライブ慣れした魅せるアグレッシブさですよね。その神田さんと同じステージにいても、堀江さんはすごく動いているように思えます。
神田 単純にたぶん楽器としてベースの方が動きやすいんですよ。抑えている弦が1本なので、大きく動きやすいんです。
堀江 弦も少ないし。
神田 だから本気で動こうとすると、ベースが一番動けると思うんです。
――確かにぐるんぐるん回ってますもんね。
堀江 よくあれでマイクにぶつけて倒して、後でスタッフさんに「すみません」と謝ってます。
――PENGUIN RESEARCHにご出演いただいた「LisOeuf♪ Party! 2016 -WINTER-」は東京ドームシティーホールだったので、「普段より広いのでぶつからずによく回れる」と仰ってましたね(笑)。
堀江 目が回りました。
――RABの皆さんはダンスをやられていますが、フィジカル的に「体を動かす」ということの原体験はどんなものなんでしょうか?
ドラゴン 俺は一番最初は動きたくない、堀江さんと同じタイプだったんです。
けいたん そうだ、確かにお前はそうだわ。
ドラゴン ゲームをやってるし、絵も描いてるし、夜は声優さんのラジオを聴いて寝るみたいな生活でした。
けいたん ドラゴンは女の子を描くのがめっちゃ上手いんですよ。
堀江 イラストもいけちゃうんだ。
ドラゴン そんなことばっかりをずっとやってて、自分の家が友達の溜まり場だったんですよ。いつも学校終わりに家に友達が10人くらい集まってたんです。でもある日親に「ガヤガヤうるさいから外で遊べ」って言われて追い出されて、「外に行くなら何か理由がほしいな」と思ってダンスを始めたんです。適当に録ってあったビデオがあったので、それを見て真似しながら友達とわいわいやっている内に、オタク気質もあるのでだんだんその世界にどっぷりハマっていったんですよ。
堀江 そのままハマったんですね。
ドラゴン でも一時ゲームにハマり過ぎて、一回ダンスをやめたりもしてました。『ギルティギア』にハマり過ぎて(笑)。それからまた戻ったり、フラフラしながらっていう感じですかね。
――けいたんは元々体を動かす方でしたか?
けいたん サッカーをやってましたね。
堀江 神田さんもサッカー少年でしたよ。
神田 僕もサッカーやってましたね。
けいたん 中3くらいまでずっとサッカーをやっていて、でも中2くらいで『スレイヤーズ』にクソハマって(笑)。そこまではずっとサッカー一本だったんですけど。
神田 わかるわー(笑)。俺にとっての『エヴァ』だ。
けいたん さらに中3で何故かLUNA SEAにハマって。
神田 多分世代が一緒ですね。
けいたん その後高1でメロコアにハマって、高2でハードロックに行って、ディープ・パープルとかも聴いて。それでバンドを始めるんですけど、最初はギターに憧れてたんですよ。INORANのイノペジオというのがありまして。丁度L’Arc~en~Cielもアニソンをやり始めたりした時期でしたね。『D・N・A2 ~何処かで失くしたあいつのアイツ~』ですね。それで色んな音楽を聴いて、洋楽も聴いて、ライブによく行き始めたのがLimp Bizkitでした。
堀江 ハードな所に行きましたね。
けいたん Rage Against the Machine、Korn、Limp Bizkitあたりのミクスチャーが出てきて有名になった頃ですね。でもずっと見続けてるアニメとは別の趣味で、アニメと音楽が一緒にはなってなかったです。で、高3の頃にサッカーをやっていて足を折ったんですよ。元々50メートル走がめちゃくちゃ速かったんですけど、それでめっちゃタイムが落ちたんですね。それをきっかけに、ダンスを始めることになるんですよ。その頃、車の免許を取るぞって浜松の教習所に行ったんですけど、そこで出会った人がブレイクダンスをやっていて、最初はその人に教わりました。それでダンスにハマり始めるんです。
堀江 結構色々経てきて、最終的にダンスという感じなんですね。
けいたん そうですね。そこから「音楽に触る何か」というのは、バンドじゃなくてダンスになりました。で、アニメは並行してずっと趣味で見ていたんですけど、チャカと出会って話して、同じチームで海外に行っくようになったりっていうそんな変遷があります。DJもやってましたね。
ドラゴン けいたんはDJやったりMCやったり色々マルチにやっていて、ふとブレイクダンスのイベントに出なくなったんですよ。どうしたんだろうと思ったら、ニコニコ動画とかで暴徒くんと色々やっていて。「今はこういう活動をやっているんだ」と、俺はどっちかというと遠目に見ていた感じです。
けいたん 2009~10年の2年くらいはそうですね。
神田 そんな昔からの付き合いだったんですね。
けいたん 俺たちは2005年とかからかな?ダンスバトルで会って。2on2の戦いなのに、決勝戦でソロバトルになるっていう。
ドラゴン そこで10ラウンドやって、すごいしんどかった。
堀江 それは決着がつくまでやったんですか?
けいたん いや、俺が泣いて終わり(笑)。
全員 (笑)。
けいたん 外国人がジャッジだったんですよ。ズールー・ネイションっていうヒップホップの偉い組織があって。
ドラゴン そのグループの人が来ている大会で、けいたんと決勝で当たりました。
堀江 審判はオーディエンスじゃなくてひとりなんですか?
けいたん 海外だとワンジャッジも結構あるんですよ。
堀江 そうなんだ。その評価基準は?
けいたん その人の……パッション?
ドラゴン パッションもあるし、技術もあるしという感じですね。
堀江 日本だと結構オーディエンスの声だったりしますよね。
けいたん それはMCバトルで多くて、ダンスは意外とちゃんと審査員がいるんですよ。そういう感じで出会って、今に至る。RABは最初踊る目的じゃなかったので、アニメの話して、買い物して(笑)。
ドラゴン 完全に秋葉原でのオフ会だったんですよ(笑)。
けいたん 秋葉原行って、カラオケ歌って、最後に居酒屋で「今期何見てる?」って話して(笑)。そういうチームでした。で、ある時ブレイクダンスのイベントで「ハレ晴れユカイ」を踊ったら、それが大ウケしたんですよ。そのテンションのままに、ルミックスのちっちゃいデジカメで撮った動画を上げたのが初投稿でしたね。
――人それぞれに歴史ありというか、そういう流れで動画投稿を始めているんですね。
けいたん 二人は何でニコニコに投稿をし始めたんですか?
堀江 多分一緒ですよ。最初はもう本当に、ただの遊びでした。趣味で友達が演奏や歌を上げてたんですよ。それでその方法を聞いて「意外と簡単にできるんだ」と思って、だから全然将来とか関係なしに遊びで上げてみようと思ったんです。別に多くの人に見てもらおうとかじゃなくて。
けいたん へー。でも俺らもそうだね。
堀江 どっちかっていうと身内に見てほしいという感じ。
けいたん その頃投稿してた人は、そういう人ばっかりだよね。周りは意識してない。
堀江 僕より先に投稿してた友達とか、地元の友達に「これ上げたから見て」って使い方をするつもりだったんですよ。流行りどうこうじゃなくて。
――アーカイブ的な意味で使っていたんですね。昔は今よりもっとライトというか、気軽に投稿ができたのかもしれないですね。
けいたん 確かに今より全然ライトでしたね。
神田 今はもう気構えて入る感じがありますよね。
けいたん どうでもええんちゃう精神はあったかも。「あげてみよー」みたいな。
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