刻を越えて、進化し続ける楽曲と歌声。鮎川麻弥『1984』リリース記念スペシャル・インタビュー

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1984年にTVアニメ『重戦機エルガイム』OPテーマ「風のノー・リプライ」にてデビューを果たし、今年で歌手活動30周年を迎えた鮎川麻弥。そんなアニバーサリー・イヤーにリリースされたのが、彼女のデビュー年である1984年のヒット曲を集めたカバー・アルバム『1984』だ。そんな作品とともに、彼女の栄光に彩られた活動のなかから、鮎川麻弥にとってのアニメ・ソングについて話を聞いた。1984年という、アニソンにおけるパラダイム・シフトが起きた瞬間、彼女は何を想い、歌ったのか。当時の貴重なエピソード満載のスペシャル・インタビュー!

 

――鮎川さんは今年でデビュー30周年ということですが、ここ最近は昔のことを思い返られたりされるのでしょうか。

鮎川麻弥 このアルバムを企画してからいろいろ考えました。テーマが“1984”ということで、これはすんなり決まったんですが、ただ30年経ちましたではなくて、より広く皆さんに楽しんでもらえるようにしたかったんです。84年という私のデビューした年に焦点を当てて、「じゃあ何が作れるか」ということを考えて、この年のヒット曲を私なりにアレンジしてというものがいいのかもしれないと。

――おのずと30年前を振り返った制作であったと。

鮎川 そうですね。その年の私はどうだったとか、世の中がどうだったとかだんだんと考えるようになりました。

――鮎川さんがデビューされたときの状況というのはいかがだったのでしょう。

鮎川 活動していたライブハウスが新宿ルイードで、当時サザンオールスターズがものすごい人気でした。ルイードが当時新人アーティストの登竜門で、月に一回新人の日というものがあってそこに出ていました。そこに出ているとレコード会社の方とか事務所の方が来ていて、ここから話が……という場でした。私もそこに出ていて、キングレコードのディレクターさんに声をかけていただいたんです。

――それがきっかけでデビューを果たすわけですね。デビュー曲である「風のノー・リプライ」はアニメのタイアップではありましたが、作曲が筒美京平先生で……。

鮎川 作詞は売野雅勇先生という、もう大先生おふたりで。今考えても本当に秀逸な曲だなぁと。この曲がデビュー曲であったことが本当に幸せだったと思います。

――当時のレコーディング環境やそのときの心境を覚えていらっしゃいますか?

鮎川 この曲は当時直接筒美先生にお会いして「ああ君が麻弥ちゃんね、ちょっと待ってね、3、4日で書くね」っておっしゃって。もちろん『重戦機エルガイム』という作品の主題歌も決まっていて世界観もあったと思いますが、私を見て書いてくださいました。そのあとデモテープをキングのディレクターに送っていただいて、それを聴いたんですが、本当に爽やかだと思いましたね。まだちゃんとアレンジはされていませんでしたが、その時点ですごく良かったです。エレクトーンのようなもので演奏されていました。

――そこでアーティストの方向性のポイントが決まられたわけですね。今回リアレンジされていますが、それでも色あせないメロディであったりサウンドであったりがありますよね。

鮎川 そこが80年代ポップスの素晴らしいところですね。色あせないメロディライン。今回収録曲に選んだ曲は全てメロディが素晴らしく良いんです。それを要に選びましたし、できるだけオリジナルのイメージとかメロディを大事にしながら、私が歌ってどう良くなるかを考えて、随分アレンジャーと相談しましたね。今回アレンジを担当してくださったのが杉山卓夫さんで、88年に発売された私のアルバム『スマイル』を一緒に作ってくださったアレンジャーさんです。久保田利伸さんのバンドマスターをされていた方なんですが、80年代の華やかな音づくりはお手のもので、その杉山さんのキラキラしたサウンドを上手くはめ込んで、きっといいものができると思ってましたし、頑張っていただきました。

――カバーをするにあたって現代的過ぎず、原曲とも違うアレンジを施すという微妙なバランスが求められたと思うんですが。

鮎川 難しいですよね。これだけの名曲で。誰もが知っている曲を再料理するわけですから、そこは難しかったと思います。

――話は戻りまして、アルバムのコンセプトなんですが、鮎川さんと言えばデビュー当時から洋楽のカバーをされていますが、今回邦楽に寄せていて、邦楽と洋楽のカバーの違いはありますか?

鮎川 分け隔てはないです。今回も洋楽のカバーの候補はあったんです。ただ散漫になってしまうし、こんなにいい曲がたくさんあるので、これでいっぱいになっちゃうよねということで、今回は邦楽にしようということにしました。反響が良ければ84年の洋楽のカバーも……ね(笑)。

――84年の音楽シーンや芸能界というのはどういう感じだったのでしょうか。

鮎川 80年代というのはポップスが急成長した時代で、アニソンが変わった時代です。ちょうど私、エポックメーカーだと書いていただいたことがあって、なにがエポックメーカーかといえば、それまでのロボットものだと力強くて、タイトルが曲中に入っているものがほとんどだったのですが、それが「風のノー・リプライ」になったわけですよ。ポップスと何ら変わりないという音楽にこの年から変わったわけです。衝撃的だったらしいですね。アニメのオープニングでああいう爽やかな楽曲が流れるというのは。

――先日MIQさんにお話をうかがったんですが、やはり『エルガイム』の頃、アニソンがスタイリッシュになったとおっしゃっていました。

鮎川 そうですね。それまでのアニソンは、アニメ・童謡というくくりでした。レコード屋さんの売り場が別だったんです。

――『エルガイム』も『Ζガンダム』もそうですが、だんだん観る年齢層が上がってくるわけですよね。

鮎川 そうですね。アニメのクオリティもどんどん上がっていって、今本当に大人が楽しむアニメもたくさんありますものね。音楽もそうですし、それの最初の頃だったよと若い子たちに伝えたいですね。

――2000年以降、“スーパーアニソン魂”にご出演されているなかでリアルタイムではないお客さんも追いかけて聴いてくださっているわけで、それは作品ももちろんですが、楽曲の魅力ですよね。

鮎川 ありがたいですよね。色あせていないからなんでしょうかね。

――筒美先生だったり、ニール・セダカさんだったりすごい方々ですからね。

鮎川 バービーボーイズの杏子さんだったと思うんですが、「シンガーだったら一度は筒美先生の曲を歌ってみたい」っておっしゃっていました。デビュー曲で歌わせていただいて本当に幸せだったと思います。

――「風のノー・リプライ」はデビュー曲でしたけど、この30年歌い続けてこられた楽曲なわけですよね。

鮎川 そうですね。何回歌ったんだろう。カウントしてたらおかしかったですよね。イベントや、自分のライブでは絶対と言っていいくらい歌ってますから。

――歌い続けて、キャリアを積まれていくなかで進化していかれるのでしょうか。

鮎川 まさにその通りで進化するんですね。特に感じたのは、“スーパーロボット魂”に出演して、お客さんの反応がものすごく熱い。こんなに私の曲を聴いて熱いレスポンスをくれるんだということにびっくりして、感激して歌いながら泣きそうになったんです。そのときに自分の高揚感とともにお客さんの熱さといろんなビート感が増幅したような感じがしまして、その時「風のノー・リプライ」もそうですし、「Ζ・刻を越えて」も歌って、リリースした当時はやらなかった、コール&レスポンスをするようになったり、そういったことが自然に生まれていったんです。楽曲ってお客さんとやり取りしている間に進化して、どんどん新しく成長していったりするんだなと思って。それによって歌い方が変わってくるんですよね。

――リリースして20年くらいで新しい解釈が出てくるんですね。

鮎川 そうなんです。びっくりですね。だから懐かしのあの曲ではなくて、今の曲なんですよ。ずっと生きている今の曲なんです。

――作品だったり、楽曲であったりが色あせないというのが、アニメという作品にもかかってきているのかもしれませんが。

鮎川 もちろん素晴らしい作品だったことは間違いないですし。それとともに一緒に生きてこられたと思います。

――今回に合わせて「風のノー・リプライ」も30周年の仕様になっているわけですが。

鮎川 いい意味でファンの方たちをびっくりさせようと。「え、鮎川さんこういうアレンジで歌うの?」っていい意味で裏切ろうかと思って。

――僕もこういうトランスっぽいアレンジって意外だと思っていて。

鮎川 私がやりそうにないでしょ?だからやったんです。最初にトランスっぽいアレンジと聞いて、「それは……」とちょっと考えたんですが、私がやるとしたらボサノバ系とか落ち着いた感じになるとみんなイメージするだろうなと思ったので、それでドンピシャじゃつまらないと思って……。やってみたらすごく楽しかったです。コーラスもひとりでやってるんですけど、すごく楽しかったですね。元の曲はEVEさんがカッコいいコーラスを入れてくださっていたんですが、それを上手く自分なりに取り入れながら別のコーラスワークもいれこんだのですごく楽しかったです。

――今回ならではの仕様ですね。84年の曲を集めて、自由なアレンジをしている作品に仕上がっていますよね。個人的には中森明菜さんの「北ウイング」がおおっと思いまして。

鮎川 これも悩みましたね。実はやり直ししているんです。もっと派手な感じで作って、「ちょっと違うかな……」と思ったので。最初はわりと原曲に近い方向でいってたんですが。

――そうなるとボーカルも変わりますよね。

鮎川 そうなんです。そこが大きかったですね。これでしっとり歌うわけにもいかないですし。そこでスタッフを集めて会議をしまして、やり直しました。

――ご自身の考える歌い方であったり、それに合ったアレンジであったりという部分を考えられていたと。

鮎川 悩みながらそれぞれやりましたね。歌もOK出しながら、「昨日OK出したんだけど、朝聴いたらなんか違うんだよね。もう一回やっていい?」っていうのもありますよ。

――そういう意味では84年の8曲っていうのは、デビューした年のヒット曲ですから、強く印象に残っていると思うので、そこをどういうふうにアレンジしていくのかということを考えられていると。

鮎川 すごく考えました。

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