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2026.04.13

【エッセイ連載】「伊藤美来のmoi!」第23回目:ひとり旅

【エッセイ連載】「伊藤美来のmoi!」第23回目:ひとり旅

声優アーティスト・伊藤美来が日常で感じたことを切り取り、私らしく文章にしていくエッセイ連載「伊藤美来のmoi!」。

「初めましての方や応援してくれている方にも、表面的な私だけではなく自分の頭の中を見てもらう気持ちで書いていきたい。“伊藤美来”がどんな人間か知ってほしい」。
そんなオモイを込めて言葉を綴っていきます。

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私はやっと1つ目標を達成した。今年の目標はひとり旅をすること。絶対に宿はここで!この季節に!などとこだわりすぎていたら、実現が遅くなってしまった。友達や家族との思い出を作るための旅行ではなく、ひとりで自分の経験のために過ごす一泊二日の旅。

初めてのひとり旅に選んだ場所は福島県。雪が観たかった。私は東京育ちなので雪を見たことはあるが、雪景色を見たことはない。福島には憧れのお宿があり、そこはご飯も美味しくて雪景色を見ながら何もしないという、私の理想にぴったりな場所だったので福島に決めたのだ。ひとり旅を決めたのは休日がとれた3ヵ月前。初めてのひとり旅は入念に計画を立てたかったので、早速クリスマスプレゼントに買った旅ノートに目的とスケジュールを書いていく。この時間も楽しくて「いざ、行くぞ」と気持ちを高めた。

当日早くは起きられないだろうと思い、新幹線の時間を宿のチェクインに間に合うくらいにしていたのだが、早朝に目が覚めてしまった。帰ってきてからやろうと思っていた仕事の準備をその時間を使って先に終わらせることができた。自己肯定感も上げつつ、心置きなく旅に出かけることができる。持ち物は本が2冊とカメラ、そして旅ノート。スマホも移動を調べるのに使うので持っていくが、使う予定はほとんどない。新幹線に乗るときのルーティン、駅でおにぎりを買うこと。食べすぎてはいけないので、ちりめんおにぎりを1つ。新幹線に乗り本を読みながら車窓を眺めるだけで、自分にご褒美をあげられてる気分だった。あっという間に1時間半が過ぎ、郡山駅に到着。ここから電車に乗り換えて山のほうに進む。郡山駅にまだ雪はなくて、このときの私は少し心配になった。このあとそんな心配が吹き飛ぶほどの雪を見ることになるのだが。
知らない土地で1人で電車に乗るのはハラハラする。事前調べはバッチリだったので、迷わず電車に乗ることができた。電車はボックス式というのだろうか、2人ずつで対面になるクロスシート。このレトロな質感にテンションが上がった。窓際の席をゲットし、雪が増えていく景色を眺める。駅に着くとまるで知らない世界だった。空気が冷たく透き通っていて、山々に囲まれているのに空が広くて驚きが隠せなかった。感動で固まっていたら、すでに宿までの送迎の車が来ていることに気づく。急いで乗り込むと、女子旅らしき3人組と、男性1人、年配の女性が1人、すでに座っていた。人見知りの私は「この空間はやっぱり苦手だな」と思いつつ、どんどん山に登っていく車に揺られながら「もう戻って来れなかったりして」なんて妄想に耽っていた。

宿に着くとすぐに部屋へ案内してもらった。入った瞬間、唸った。ミニマムな広さに、木の温もりを感じるインテリア、ベットは1つ。太めのフレームがついた窓から見える雪景色は、絵画のよう。そうそう、これこれ!求めていたおこもり部屋じゃないか。部屋の隅々まで写真を撮り、17時で閉まってしまうというラウンジに行った。そこには大きな窓があり、針葉樹に積もった雪がお伽話みたいだった。軽くお茶とポップコーンをいただき、混んでしまう前に温泉へ。実は、私は昔からあまり温泉の良さがわからない人間だった。知らない人とおんなじ湯船に浸かる気まずさ、熱すぎるのに変えられない温度、家で入ったほうがリラックスできるんじゃ……と思って生きてきた。でもここまで来たんだし、温泉がある宿なんだから入らないのはないだろう。行ってみると、読み通り誰もいなかった。つまり貸切。久しぶりの温泉だ。やっぱりお湯は熱かったけど、独り占めしてるこの空間に浸っていた。露天風呂もあるが、外は大雪。これは風邪でも引いてしまうのではと思ったが、雪の中、お風呂に入ったことなんかない。これはチャレンジするしか!そしてここで知ってしまったのだ。温泉の素晴らしさを。もう……これが最高なのなんの。湯はあっつあつなのに外は凍るように寒い。暑くなったら体を少し出して外気に触れると、体全体がキュッと引き締まる。最初はびっくりしたが、これがどんどん心地良くなってくる。整うってこういうことかあ。整うと頭がクリアになると言うが、このときの私は色んなことを思考していた。お仕事のこと、家族のこと、趣味のこと、過去のこと、未来のこと。こんなにただただ考えたのはいつぶりだろう。芯から癒されるとは、時間を惜しまずに自分に向き合えることなのかもしれない。

お風呂から上がってすぐに夕食。福島で採れた食材を和風フレンチにしてコースで出してくれる。……和風フレンチ?夕食はダイニングで、他の宿泊者と同じ空間で食べる。行きのバスを思い出して緊張したが、露天風呂で整った私に怖いものなどない。スマホも部屋に置いてきたので、じっくり料理を堪能する。どれもこれも食べたことのない味がして頷いてしまうほど美味しかった。こ、これが和風フレンチか。他の宿泊者たちの歓談もBGMのように心地良かった。都内にいると音が混じりすぎてクラクラするくらいなのに。ご飯のあとは部屋に戻り、持ってきた小説を読んだ。時折、窓の外を眺めては本の内容について考えた。時間がゆっくり進んでいく。もはや止まっているかのよう。深夜になっても寝るのがもったいなくて寝付けなかった。でも、それでいいと思った。

次の日は、朝食より前にやりたいことが2つあった。まずは長靴を借りて散歩へ。時期的に冬眠中とはいえ、数ヵ月前に熊の恐ろしいニュースが流れていたので、しっかり熊鈴を持って宿の敷地内のハイキングコースのみにした。しかも1人。なかなかのスリルだったが、辿り着いた場所は壮観だった。360°どこを見ても雪。まったく音がしない、静寂に包まれていた。佇んでいたら急に森に吸い込まれてしまいそうな感覚になって、慌てて宿に戻った。自然は美しくて怖い。冷え切った体を昨日と同じく露天風呂で温め、朝食をいただいた。朝食を食べ終わるタイミングで宿の方が「お帰りも送迎車を利用されますか?」と声をかけてくれた。その瞬間なぜか不思議と涙が込み上げた。私はバレないように「はい、お願いします」と答えた。こんなのは初めての経験。思ったより私の体はこの旅が終わってほしくないみたいだ。名残惜しかったが荷物をまとめ、旅ノートに感じたことを記録し、帰りのバスに乗り込んだ。
帰り道、猿の親子を見かけた。この日のために買ったカメラの操作に慣れてなくて、写真が撮れなかったのが心残りだ。来た経路を同じようになぞり、東京駅に帰る。都心に着くとすごく久しぶりに感じて、1ヵ月ほど福島にいたんじゃないかと錯覚する。1日ぶりの東京は、いつもより少し静かで、ゆっくりに感じた。そうか、日々をうるさく忙しくしてたのは、私自身だったんだ。福島で一歩一歩、丁寧に雪道を進んだように、東京でもゆったりと道を踏み締めて生きていきたい。そう思えた旅だった。


↑孤独を味わうってこういうことかなって思った。
木が埋まっちゃってるね。


関連リンク

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