INTERVIEW
2025.10.22
――ではここからは、アルバム『HEART』について伺わせてください。皆さんへの新曲制作のオファーには、まず大きなテーマとして“HEART”というタイトルがあったと伺いました。
ハヤシ はい。まずアルバムタイトルを決める段階で、“HEART”という言葉が生まれ、そこに対してクリエイター1人1人がどうアプローチするか、から始まりました。クリエイター同士が示し合わせて、方向を調整するということもなく、お互い手札は見せずに曲作りを始めていったんです。なので、皆さんがどういうカードを切ってくれるのかな?と、僕もワクワクしましたね。
傘村 僕は1stアルバムの『unknown』も2ndの『HUMAN』もとても大きなテーマを持っていたので、「次はどうするんだろう?」と思っていましたが、さらに大きなテーマがやってきて、さぁどうしようと。リード曲の「HEART」はハヤシケイさんの楽曲に決まりましたが、実は僕も表題曲にはトライさせていただいて……8曲書いていたんです。
レフティ おおっ!
傘村 でも、「心って何だろう?ハートってどういうものなんだろう?」とずっと考え続けているうちに、どんどん迷走してしまい、ボツが増えていくばかりで。そんな時にハヤシケイさんの「HEART」が届いて、こういうことだ!と、とても共感し、心が軽くなりました。だから、僕が最初に「HEART」に救われた人だったと思います。
レフティ 僕もアルバム全体を貫くキーワードが “HEART”だと伺ってから自分の曲に取りかかったんですけど、心はマクロとミクロの部分を持っている言葉なので、いかようにも解釈できる。じゃあ、どこを楽曲として切り取るか?はとても難しく感じました。ただ、ReoNaちゃんを含めて、チームの皆さんと話すことで、自分にとっての“HEART”が見えてきた部分はあったので、それがなかったら、かなり曲作りには迷っただろうと思いますね。
――そんな難しいテーマに、ハヤシさんはどうアプローチしてアルバム表題曲の「HEART」が生まれたのでしょうか。
ハヤシ 歌詞として、心というものをどう描くべきかは、僕もすごく考えましたね。心とはなんぞやと。そこで出てきたのが、二律背反性だとかアンビバレンスだとか……例えば、好きだけど嫌いだとか。矛盾したものが同居しているイメージでした。心はそもそも形がない。でも存在している。それ自体がもう矛盾なんですよね。自分自身のコアの部分なのに、自分ではコントロールできない。そういう“ままならなさ”みたいなところを、掘り下げていった記憶があります。
――それは、ハヤシさんご自身が心に抱いている思いでもある?
ハヤシ そうですね。どの曲にも自分自身の哲学は込めています。ReoNaの楽曲は特にですが、自分自身が思っていないことは書いていない。それは他の曲でも同じです。「HEART」もReoNaらしさを意識して書いていきましたが、2番のサビは特に自分自身を投影している内容になっているので、今聴いてもちょっとウルッとくる、好きなフレーズです。
レフティ 僕は今回「HEART」ではアレンジを担当させてもらったのですが、リリックを読んでさすがだなと思いました。その2サビの頭、“まだ生きてる まだ生きてる 濁った色したまんま”のところも、“濁った色したまんま”というフレーズは、なかなか出ない。文字だけ見ると違和感のある言葉を、違和感なく曲に入れられるというのが、ケイくんらしいですよね。昔から、すごい表現するな!という曲がたくさんありましたから。
――曲のほうは、どのように?
ハヤシ 最初はもっとゆったりした曲でした。テンポも今はBPM120くらいですが、それより10は遅かったですし、メロディももっと平たいものでした。でもこの曲は、テーマこそ重いですが、聴いてくれる人の人生を肯定するものにしたかった。ReoNaには明るく軽やかに歌い上げてほしかったので、ちょっと跳ねるような歌い方に合うように、全体的に軽やかさを意識していきました。
――そのデモを受け取って、レフティさんは何を感じられました?アレンジする上で意識されたことは?
レフティ シンプルにいい曲だったので、もっといい曲にしなくてはと思い、まずは曲を細かく解体して、1つ1つの要素に対して、本当にこれでいいのか?このビートでいいのか?と自問自答しながら、ケイくんのデモと僕が目指すイメージを擦り合わせ、少しずつ変えてはまた組み立てて……とベストを探っていきましたね。ケイくんの曲は、元々の地盤がしっかりしているので、色々なビートやコード進行のパターンを試すことができるし、実作業もケイくんが僕のスタジオに来てくれて、一緒にプリプロしながらできたので、めちゃくちゃ楽しかったし、やりがいがありました。
――特にこだわった部分はどこですか?
レフティ 印象的なのはイントロですね。僕がたたきを作って、ケイくんとプロデューサー/ディレクターさんとスタジオで一緒に揉んでいったのですが、お互いの細かいこだわりを持ち寄って、とてもシンボリックなものにできた。リリックの大きなテーマも背負えるような、切なさと爽やかさを込められたので、すごく気に入っているんです。僕1人では絶対にたどり着かなかったですし、完成した時は、みんなでハイタッチしました(笑)。僕自身も、すごく勉強になった1曲です。
――爽やかな軽さをたたえた曲の中に、ファズの効いたエレキギターが鳴っているのも絶妙ですね。
レフティ そうですね。“ハート=心”というものは、ただ綺麗なものじゃない。そこに1つ、汚しの成分を入れたかった。僕が書いた「オルタナティブ」もそうですが、今回の演奏は僕の昔からのオルタナティブバンド仲間にお願いしたんです。ドラムはTETSUYUKI、ベースが僕でエレキギターはHaruka Kikuchi。エレキギターには、Harukaのオリジナリティもかなり入っています。
――その「HEART」と「オルタナティブ」の楽器と歌のレコーディングは、アビーロードスタジオで行われたわけですが、いかがでしたか?ロンドンレコーディングは。
レフティ タイムは限られた状況でしたが、生きたレコーディングをさせていただきましたね。「HEART」ではアコギもケイくん本人が弾いてくれて、すごく血が通ったものになりました。
ハヤシ 僕はもう、皆さんの足を引っ張らないようにしていただけで。そういえば今回は、ベースだけでなくピアノも彼(レフティ)が弾いてくれたんですよ。
レフティ 僕、レコーディングスタジオでピアノを弾いたのは、それが初めてだったんですよ。はじめはロンドンのミュージシャンにお願いする話もあったんですけど、「そういえばレフティくん、弾けるよね?」となったので、現地のピアノのある部屋を借りて、めちゃめちゃ個人練習しました。エアコンがない部屋なので、タンクトップ1枚で汗だくになりながら。あんなに練習したのは、ほんとに久々でした(笑)。
――アビーロードスタジオは、日本のスタジオとは違いましたか?
ハヤシ 僕がアコギを弾いたブースは、バンドとは別だったのですが、ドラム、ベース、エレキギターを録った、かの有名な第2スタジオの音は全然違いましたね。ドラムのスネアがパン!と鳴っただけで、違いがわかりました。
――第2スタジオこそ、ビートルズや他の大物バンドが名盤を作り上げた場所ですよね。
レフティ そうです。なので、僕やケイくんはレコーディング中、ずっとジョン(・レノン)とポール(・マッカートニー)気分でしたね(笑)。特に第2スタジオは、70年代当時から改装もそんなに入っていないので、壁材などもモダンではない。色んなミュージシャンの手垢がついて、エイジングが施されているスタジオなので、ヴィンテージな音がするんです。まずアンビエンスが全然違う。さらに、アビーロードスタジオ伝統のトラディショナルスタイルのマイキングが決まっているので、立てたマイクに合わせてドラムを置く。それでなおさら、アビーロードスタジオの音というのが、自然に作られていくんですよね。
――ReoNaさんのボーカルレコーディングはいかがでした?
レフティ ディレクションをみんなでやったので、とてもいい歌が録れました。ReoNaちゃん自身の力ももちろんですが、ディレクションの方向性も一緒に作っていけたし、メソッド的な部分でも非常に学びが多かったです。コーラスもその場で追加したり、フレキシブルにレコーディングを楽しませてもらいました。
ハヤシ 良かったですよね。僕としては、1番と3番のサビのラストに置いた“Heart”という一節は、特に気に入っています。ここはメロディが曖昧で、微妙なラインを描いているんですけど、心というもののままならなさ、不完全さをメロディとしても意識した部分だったので、ReoNaがしっかり表現してくれました。