きみコ(Vo、Gt)とササキジュン(Gt)の2人体制で結成22年目を迎え、いつまでも変わることのないピュアな姿勢で自分たちの音楽とバンド活動に向きあうnano.RIPEが、ニューシングル「エンブレム」を完成させた。本作は現在放送中のTVアニメ『食戟のソーマ 神ノ皿』のEDテーマ。彼らが『食戟のソーマ』のEDテーマを担当するのは、第2期『弐ノ皿』(2016年)の「スノードロップ」、第3期『餐ノ皿』(2017年)の「虚虚実実」に続き、これが3度目となる。そんな縁深い作品に寄り添いつつ、自分たちが今抱えている想いを素直に形にした、バンドの新しい道を示す本作について、きみコに話を聞いた。
――TVアニメ『食戟のソーマ 神ノ皿』はアニメ第4期にしてクライマックスとなるシリーズですが、そのEDテーマ「エンブレム」を制作するにあたってどんなことを意識しましたか?
きみコ 『弐ノ皿』『餐ノ皿』のEDテーマだった「スノードロップ」「虚虚実実」はnano.RIPEのなかでもハードな曲調でしたけど、『神ノ皿』はソーマたちの物語が終わりに向かってバチバチに展開していくからこそ、EDテーマは戦いの真っ只中というよりも、これまでをちょっと振り返りつつ未来に広がっていくような要素のある曲にしたくて。アニメ作品側からもアップテンポよりミディアムのほうがいいというお話をいただいたので、前の2曲とは違った雰囲気の曲になりました。
――たしかに歌詞には、これまでの冒険で得たものや失ったものを確かめたうえで、また新しい道を進むような力強さがあります。それは『ソーマ』という作品に寄り添うのと同時に、nano.RIPEというバンドの活動自体にも当てはめられるもののように感じました。
きみコ nano.RIPEは去年で結成20周年を迎えて、世間的にはきみコとササキジュンのバンドという見え方かもしれないですけど、今まで出会ってきたメンバーがいなかったら今のnano.RIPEはなかったと思うし、関わってくれた人がすべてnano.RIPEだということをあらためて感じたんです。私は『ドラゴンクエスト』が好きなので、この曲は『ドラクエ』のことを思いながら書いた部分もあるんですけど(笑)、例え別れてしまったとしても一緒に冒険した仲間とはいつまでも見えない絆があるんじゃないかなと思って。この曲はそういうことを形にしました。
――nano.RIPEは今年5月から6月にかけて、2018年に急逝した元メンバーの青山友樹さんを偲んだワンマンツアー“ゆうきのきのみ”を開催、そのツアーに合わせて新曲「アイシー」を配信リリースされました。さらにその後に発表されたシングル曲「ヨルガオ」も、青山さんことを思った曲という意味合いが強くて。それらの流れを踏まえたうえで今回の「エンブレム」を聴くと、やはりこの曲もそういった別れの経験について書いたものなのかなと思ったんですよね。
きみコ やっぱりそこは避けては通れないし、それを歌ってきたのがnano.RIPEだという気もするので。特に僕らのことをずっと追いかけてくれている人たちは、自分たちのことのように悲しんでくれたので、僕らもその気持ちをちゃんと受け止めたうえで、自分たちの気持ちを曲にして発信しないといけないなと。歌詞に“ぼくが今纏ってるのは決して消えない命の音だ”とか「命」という言葉が入ったのは、友樹のことがあったからだと思いますし。
――そういう経験を経て自分の書く曲や詞に変化はありましたか?
きみコ 根本は変わらないですけど、今までなら「これはわざわざ言わなくてもいいかな」と悩んでいたところを、はっきりと表現してしまおうと思うことはすごく増えました。ちゃんと伝わらなくては意味がないこともあると思うので。
――この曲の歌詞にも“隠してきた 本当はずっと吐き出したかったこと”というフレーズがありますが、そういう心情の変化があっての言葉だったんですね。
きみコ そうですね。今までは自分だけが満足しているような部分もあったんです。(歌詞に込めた意味は)あたしがわかっていればいいし、聴いてくれる人はどう捉えてくれても構わないって。もちろん今でもそういう部分はありますけど、やっぱり20年活動してると、みんなで共有するからこそ乗り越えられることもあるので。それが「ちゃんと逃げずに書こう」という気持ちに繋がりました。
――「エンブレム」という曲名も象徴的ですが、この曲で歌われている「証」とは、きみコさんにとってはやはりnano.RIPEなのでしょうか?
きみコ たしかにわかりやすく言うとnano.RIPEですけど、それだけではなくて、ステージに立ったときに見える光景だとか、全国のライブハウスの人と仲良くなったこと、みんなを含め何か災害があったときにお互い心配し合える人が全国にいること、本当にあちこちに証が転がっているなあと思います。
――その「証」について“時には剣になって時には盾になる”と歌っていますが、それはきみコさんにとってのnano.RIPEなんだろうなと思いました。
きみコ 本当にあたしは「これがなかったら何になるんだろう?」というぐらいで、たぶんnano.RIPEというものが剥がれたら、普通の人よりもはるかに弱い感じになると思うんです。「nano.RIPEのきみコ」ということでしゃんとしていられる部分もありますし、それがひとつのプライドとして積み重なってきているので。それがあることで自分自身のことも守っているし、周りからも守られていることをすごく感じます。
――“ゆうきのきのみ”ツアーの東京公演を拝見したとき、nano.RIPEは「いつか終わりがくるときまで全力で続ける」という強い意志が伝わってきたんですね。そのバンド活動に対する想いはこの曲にも感じられました。
きみコ あたしは「続ける」と「辞める」のふたつではないような気がしていて。例えば「続けたくても辞める」のと「辞めたくて辞める」では全然違いますし、「辞められずにだらだら続ける」のと「続けたくて続ける」のももちろん違うじゃないですか。人生には終わりがあるので、その死ぬ直前までバンドマンでいられること、あたしだったらnano.RIPEでいられるということはすごく稀なことだと思っていて。だからこそ、いつかは終わりがあるということを意識しながら、でも終わりがくるまでは続けたいという気持ちはちゃんと持っていないといけないと思うんです。nano.RIPEがジュンとあたしの二人になったときには、少し立ち止まってしまったこともあったし、そういうことはこの先もたぶんあるだろうと思っていて。でも、そうなったときに自分たちだけでも強くあれるように、「やり続けるぞ!」ということは言っていきたいです。
――終わりを自覚しながら続けていくことというのは、すごくかっこいい在り方だと思います。
きみコ それは友樹のこともあったし、(2016年12月にアベノブユキと青山友樹の)ふたりが辞めたこともあって。永遠ではないということはすごく思います。
――また、今回の「エンブレム」はササキさんと出羽良彰さんが共同でアレンジを担当していて、バンドサウンドにストリングスを加えた、視界が一気に広がるような爽快さとスケール感を感じさせる音になっています。
きみコ 出羽さんとはスタッフの提案で初めてご一緒したのですが、あたしは元々amazarashiが好きなので、「あっ、amazarashiのアレンジを手がけてる方だ」と思って。他にも手がけていらっしゃる作品をいろいろ聴かせていただいて、ぜひご一緒してみたいなと思ってお願いしました。そしたら想像を超えるものが出来上がって、ジュンと一緒にずっと「出羽さんすごいね」って言ってます(笑)。
――作業的にはどのように進めたのでしょうか?
きみコ 「エンブレム」は元々ジュンが弦の大まかなラインも入れたデモを作っていたので、出羽さんにはそこにさらに弦のラインを書き足していただいたり、鍵盤や細かいところを足していただきました。そうすることで、この曲が持っている世界が全体的にウワッと広がって、ただ豪華になっただけでなく、切なさや喜怒哀楽といったいろんな感情も広がったと思います。
――この曲はMVも制作されていますが、少年と少女のささやかな冒険物語といった内容に仕立てられていて素敵でした。
きみコ この曲自体がストーリー性のあるものですし、前の「虚虚実実」ではnano.RIPEが二人になってもバンドであることをアピールするためにバンドショットを多めに撮っていたので、今回はどちらかと言えば曲の世界をMVで表現したくて。ストーリーは監督さんが「エンブレム」をイメージして提案してくださったもので、歌詞の内容をそのまま映像にしてしまうとファンタジーな方向に寄り過ぎてしまうので、それを現代の少年少女に見立てて、二人が勇気を出すお話に落とし込んでくださりました。
――少年少女を主人公にしたストーリーというのも、nano.RIPEらしくていいですね。
きみコ やっぱりいまだに『花咲くいろは』のイメージが強かったり、青春と言えばnano.RIPEというイメージを持ってくださる方が多いので、あのあたりの年代は自分たちでもハマると思います。
――MVを観て思ったのが、女の子が隠れ家で遊んでいるシーンで手にしているのが、スマホとかではなく初代ゲームボーイなんですよね。懐かしいなあと思いました。
きみコ そうなんです(笑)。一応あのMVに登場する少年は、ササキジュンの少年時代という裏設定がありまして。となると、ジュンがあれぐらいの年頃で遊んでいたのは、PSPとかNintendo Switchじゃなくてゲームボーイのはずなので、こだわってみました。
――ササキさんは少年時代にああいう子だったんでしょうかね。
きみコ いやあ、たぶん全然違うと思います。きっと驚かされて逃げたほうの少年だと思います(笑)。
――ヒドい(笑)。さて、今回のシングルにはもう1曲、やさしい肌触りのナンバー「トロット」がカップリングに収められています。こちらはどのような着想で作られたのでしょうか。
きみコ この曲はまずジュンがデモを作ってきて、それこそ「エンブレム」にも繋がりますけど、今まで言えなかったことを言っちゃおうかなという気持ちになって歌詞を書きました。タイトルの「トロット」というのはどう捉えてもらっても構わなくて、友達や恋人、家族には近すぎて言えないことを吐き出せる、誰でもないからこそ言える相手というイメージで。この曲を編曲してくださった出羽さんは「小さいモコモコの妖精みたいなものを想像してます」と言ってました(笑)。
――歌詞で言う“ぼくの後悔”や“過ち”を吐露する相手が「トロット」であると。
きみコ 懺悔ではないですけど、そのようなイメージで。ただそのなかに希望は絶対に入れたかったので、後悔や過ちと言いながらも、「今振り返ってみると、意外と光は射していたな」ということを書いています。それはあたしがバンドをやっていて思うことでもあって、nano.RIPEは今まで「大丈夫だよ」みたいなことをあまり無責任に言えないなと思いながらやってきましたけど、この曲は自分自身にそういうことを言ってあげることで、聴いた誰かに届けばいいなと思っていて。
――では、自分自身に向けて書いた部分が大きい?
きみコ 自分がすごくしんどいところにいたとしても、それが何年か経って振り返ってみたら、「意外と真っ暗闇ではなくて光が射してたじゃん」ということがあるじゃないですか。そういうことが続くのが人生だということを、あたし自身があたし自身に言えたらいいなと思っていて。なのでこの曲は、この先あたしが辛くなったときに、この曲を聴きたいなという気持ちで書きました。
――この曲でいう“深く深い闇の底近く”みたいな気持ちになることが、きみコさん自身にもあったりするのですか?
きみコ ここのところは全然ないんですけど。それこそ(青山とアベの)二人が辞めたときとか、それまではいろいろと大変でした。ジュンも「ここ数年はきみコがきみコじゃないみたいだ」みたいなことをよく言ってくるんですよ。「穏やかだ」って(笑)。
――昔はそんなに荒んでいたんですか(笑)。
きみコ あたしは浮き沈みが激しいタイプで、沈むときは行くところまでいってしまうんですよね。落ちるところまで落ちないと気が済まないのか、自分でもわざと落ちてるんじゃないかと思うぐらいガンと落ちちゃうので。そういうことがなくなった今だからこそ、当時のことを思い出して書けるところもあるんですけど、でも、人間はそんなに根本からガラリと変わるものでもないので、きっとそういうときがまたくるかなと思っていて。そんなときに自分を救う曲になりますようにって。
――なぜ今は穏やかになられたのでしょう?
きみコ そうなんですよねえ。原因はわからないんですけど、たぶん(nano.RIPEが)二人になったことがきっかけになったのかなと思っていて。それこそジュンが辞めちゃったら、nano.RIPEを続けることがいちばん難しくなっちゃうので、これ以上なくさないためには自分がしっかり安定していなければ、という気持ちがすごくありました。
――二人になったことで成長できてるのはすごくいいことですね。
きみコ 二人になったことをマイナスに捉えるのであれば続ける意味がないので。そこに意味を見つけないと自分たちが辛くなってしまうし、そのことによってnano.RIPEは良くなったと自分たちも周りも思えるようになっていかなくては、と思ったのが変わるきっかけになったんだと思います。
――「トロット」のアレンジは出羽さんがおひとりで手がけていますね。
きみコ この曲はジュンの簡単なデモからガラリと変えていただきました。出羽さんはいろんなアプローチができる方なので、僕ら二人からは出てこないアレンジになりましたし、自分たちでも把握しきれないぐらい山ほどいろんな楽器が入っているので、ライブでどうしよう?と思っているんですけど(笑)。
――ストリングスやアコーディオン、マリンバ、オルガンっぽい音も入っていて、メルヘンチックな雰囲気がありますよね。
きみコ たぶん出羽さんがさっき言っていた「白いモコモコ」を想像して作られていたので、それがだいぶ影響してるのかなと思います。どこか絵本のようなかわいらしい曲になりました。
――今回のシングルにどのような手ごたえを感じていますか?
きみコ 自分たちはすごいものができたと思っていますけど、「エンブレム」はこれまでの『ソーマ』曲の流れと少し違うものになっていたり、「トロット」はアコギのみでエレキギターが全く入っていなかったり、今までやってこなかったことにも結構挑戦しているので、これがどういうふうに届くのか、興味もあり、ちょっと不安もあって。ただ、あくまでも歌詞やメロディは今までの僕たちと変わっていないので、これが変わったと捉えられるのか、今までのものを膨らましたように聴こえるのかは、今からちょっと楽しみです。
――個人的に今回の2曲を聴いて思ったのは、これまでになくポップで耳馴染みのいい曲が揃ったなということで。
きみコ それは前作の「ヨルガオ」がきっかけになったところがあって。あの曲が「NHKみんなのうた」で流れて、それによってショッピングモールとかいろいろな場所でインストアイベントを行ったことで、ライブハウスにいる人がすべてではなくて、ライブハウスに来たことのない人もたくさん生活のなかで音楽を聴いていることをあらためて実感したんです。せっかく「ヨルガオ」が「NHKみんなのうた」で流れたのであれば、またいろんな人たちにも届くものを作りたいという気持ちがあって。もちろんこの先も歪んだギターをガーッて鳴らすような曲も作っていきますけど、今回のシングルはまさに耳馴染みのいいサウンドで仕上げたくて作りました。
――だからこそ劇伴のお仕事をはじめ多彩な音楽を作られている出羽さんとご一緒されたわけですね。そういう意味ではnano.RIPEとしても新しい道を示す作品になったのでは?
きみコ そうですね。「ヨルガオ」と「エンブレム」の2枚のシングルが、nano.RIPEのこの先の分岐点というイメージもあって。この先どちらの道にも行けるし、戻ることはいつでもできるので、だからこそあえて今まで行かなかった道を歩いてみたい、という作品になりました。
――この先のnano.RIPEの冒険の行く末が楽しみです。そして現在は全国ツアー“nano.RIPE TOUR 2019「せかいじゅのはな」”を絶賛開催中ですが、ツアータイトルの“せかいじゅのはな”にはどんな思いを込めているのでしょうか?
きみコ 実は二人になってからのツアーやライブタイトルはすべて『ドラクエIV』に出てくるものから取っていて、今のところ『ドラクエIV』のストーリー通りに進んでいるんですよ。その『ドラクエIV』のリメイク版の最後に登場するアイテムが「せかいじゅのはな」なんです。なのでこの2019年のツアーでいったん一区切りして、来年からはまた『ドラクエV』に行こうかなと思っていて(笑)。
――『ドラクエ』縛りは続くんですね(笑)。じゃあ今回のツアーは何かの区切りになるような公演に?
きみコ そうですね。「せかいじゅのはな」というのはたった一人だけを生き返らせることのできるアイテムで、たぶんみんなもいろんな想像をしてると思うんですけど、でもそれが僕らにとって誰なのかということよりも、みんなにももう会えないけど会いたい人、夢に見る人というのがいると思うので、それがこのツアーの最後にみんなのなかで一人浮かべばいいなと思っていて。そういう気持ちはありますね。
――残りはツアーファイナルとなる12月28日(土)、29日(日)の渋谷CLUB QUATTRO公演ですが、こちらはスペシャルな内容になるということで。
きみコ そうなんです。両日ともスペシャルゲストにも来ていただきますし、28日は「ジュンメロ」、29日は「キミメロ」ということで、ジュンが書いた曲とあたしが書いた曲で分けてライブをします。今までも2デイズワンマンのときは必ずテーマを分けてきたのですが、今回はいよいよ作曲者で分けるときがきました(笑)。でも最近の曲はジュンばかりだったりするんですよね。
――たしかにシングル曲はほぼササキさんが作曲されてますね。
きみコ そうなんですよ。『のんのんびより』の曲以外はジュンばかりですからね。だから『のんのん』だけは譲らないぞという気持ちはあります(笑)。
――負けてられないじゃないですか。
きみコ ただ、そこも少し穏やかになったというか。昔は本当にライバルだと思っていて、タイアップのお話をいただくと二人で一曲ずつ提出してコンペをしてたんですけど、最近は素直にジュンの才能がすごいと思うようになって。「ジュンちゃんいい曲書くなあ」という気持ちになってきました(笑)。
――そのライブで2019年を締めくくって、来年からはまた新しい冒険がスタートするわけですね。
きみコ はい。もしかして『ドラクエIII』かもしれないですけど、『V』かな、今のところ(笑)。
Interview & Text by 北野創(リスアニ!)
●ライブ情報
nano.RIPE TOUR 2019「せかいじゅのはな」
開催中
12月28日(土)29日(日)渋谷 CLUB QUATTRO
※ゲスト出演決定!(28日:愛美、29日:伊藤かな恵)
●リリース情報
「エンブレム」
発売中
品番:LACM-14941
価格:¥1,200+税
<CD>
01:エンブレム(TVアニメ『食戟のソーマ 神ノ皿』ED主題歌)
02:トロット
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