【座談会】リスアニ!の10年を振り返る<br>第3回 現在のアニメソングシーンへと繋がる2012年を振り返る

【座談会】リスアニ!の10年を振り返る
第3回 現在のアニメソングシーンへと繋がる2012年を振り返る

2020.06.09
座談会

2010年4月にしたアニメ音楽誌・リスアニ!。その10年の歴史を振り返るべく、歴代編集長3人と、創刊から現在に至るまで執筆に携わるライター陣を迎えた座談会。創刊当時の思い出や胸に抱いた熱い想いを語った前回に続いて、今回は2012年のリスアニ!を6人で振り返ります。

馬嶋 亮前回からの続きで、2012年を振り返っていこうと思います。リスアニ!の表紙になった作品は〈物語〉シリーズ、『アイドルマスター』『Fate/Zero』『魔法少女リリカルなのは』『ラブライブ!』『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』ですね。

前田 久この時期になると、表紙になるような人気作のラインナップが今とほぼ変わってないことに驚きますな。〈物語〉シリーズが昨年一区切りを迎えたけど、『ラブライブ!』は“サンシャイン!!”になって、“虹ヶ崎(学園スクールアイドル同好会)”になって……と続いているし、『アイドルマスター』と『Fate』シリーズもそれぞれ新シリーズがあって、『まどか☆マギカ』も『マギアレコード(魔法少女まどか☆マギカ外伝)』が展開中。

日詰明嘉ちょうど、Vol.9(の表紙)なんかは、『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』とも取れるしね。

前田ライダーとウェイバー(・ベルベット)だもんね。だから、こういう振り返り企画で話すとき、前回までみたいに作品タイトルでバシッと時代を区切れなくなっている気がする。

西原史顕2012年のリスアニ!を見返してみて、個人的に目玉と感じた企画はVol.8のNHK・石原 真さんとキングレコード・三嶋章夫さんの対談かな。「MUSIC JAPAN」がまさにそうだけど、アニメソングがJ-POP的な広がりを見せていったのには石原さんの存在がある。民放が今みたいにアニメソングを取り上げる前から、いち早くアニメソングをポップスとして区別なく扱っていたよね。だからこそ創刊から石原さんのインタビュー連載をやっていたんだけど、ゲストを呼んだのは三嶋さんが唯一だったと思う。その後の水樹奈々さんや宮野真守さんたちのNHKでの活躍を見ると、やった甲斐があったのかなと。表紙や特集のラインナップに関しては、今現在のアニプレックスの強さが2012年から出ていると思う。前田さんが言う通り、ほぼほぼ出揃った感じはあるよね。

澄川龍一2012年の春には「クリエイターズⅡ」(リスアニ!Vol.8.2「アニソン クリエイターズⅡ」)を出したんだけど、もう1冊ムック本を出したよね?

西原えっと、「俺嫁コレクション」だ。表紙は『アマガミSS+plus』。

馬嶋どうしてこのムックを出そうと思ったの?

西原たしかリスアニ!本誌は作品も音楽も硬派な路線を狙っていたから、「俺嫁コレクション」で取り扱っているような“萌え寄り”の作品をやれていなかったのが理由。表紙にも“萌え≠エロ”書いているけど、ちょっと肌色成分の多い作品をアニメ誌として真面目に取り扱おうと。

澄川リスアニ!は音楽が多分に絡んでいないと取り扱いづらい部分もあるから、そこから外れているけど人気のある作品をやってみようと思ったんだよね。この本で大きかったと思うのは、ここで初めて『ラブライブ!』を取り上げているんですよ。当時僕は「クリエイターズⅡ」をメインでやっていて、「俺嫁コレクション」は西原さんを中心に外部スタッフの人が担当したんだけど、そのときにライターの中里キリさんが『ラブライブ!』をやりたいって言ったのが始まりで、編集は僕が担当することになり、それが2012年の秋に出した「別冊キャラクター・ソング」(リスアニ!Vol.10.1)で『ラブライブ!』を表紙・巻頭特集でやることに繋がっていった。

前田『BRAVE10』が入ってるのが面白いっすね、この本。ちょっとほかの作品と方向性が違う。

西原「音楽寄りではない作品も取り上げたい」「たくさん本を出しましょうよ!」っていう編集部内の意見が結構あったんですよ。それもあって、この年の3月は3冊(Vol.8.1、Vol.8.2、「俺嫁コレクション」)作ってるから(笑)。2012年は、やっぱり『ラブライブ!』が出てきたのが大きいトピックかな。

澄川そうだね。『ラブライブ!』が本格的にブレイクしていくのは、この年の夏からで。リスアニ!としては、この「俺嫁コレクション」をきっかけに早く取り上げられたことはよかったと思う。それもあって、最後に音楽大全も作れたし。

音楽クリエイターの取材に力を入れた理由

西原あとリスアニ!は、supercellのryoさんをずっと追いかけているよね。

前田この時期のsupercellの勢いはとんでもなかったですね。いや、もちろん、今でもすごいアーティストなんだけど。

馬嶋2011年にはEGOISTもデビューしてるし。

西原chellyちゃんにもこゑだちゃんにもトミー(冨田)と一緒にインタビューしに行ったなあ。

冨田明宏EGOISTがデビューしたり、supercellが新ボーカリスト(=こゑだ)になったりした時期で、2007年にあったボーカロイドのムーブメントのネクストステージだったり、2000年代に出てきたクリエイターが本当の意味で活躍し出したのが2012年前後だったと思う。

西原「クリエイターズⅡ」では、畑(亜貴)さんと田淵(智也)さんの対談をやっていて、今振り返ると早いタイミングからいい組み合わせの取材ができていたのかな。牛尾憲輔さんのインタビューもあるし。

澄川リスアニ!で今お馴染みになっている方々が揃い始めた時期だね。ここから畑さんや田淵さんの本誌連載につながっていったし。

前田このときは田淵さんがこんなにアニソン業界のキーパーソンのひとりになるとは思わなかったな〜。UNISON SQUARE GARDENとして『TIGER & BUNNY』の曲(「オリオンをなぞる」)をやってからだと思うんだけど、あのときって、あんまりアニメに寄せた感じがしなくて “たまたまバンドの曲にアニメの主題歌タイアップがつきました”っていう印象が強かった。だからあんまりアニソン文化にコミットしないのかなと思っていたら、あっという間に驚くほどたくさんのアニソンを書く人になって。

澄川バンドの戦略としてアニメをやるというのはきっと強くなかったと思うけど、田淵さんがアニメやアニソンに対する意識が当時からすごく高かった。この頃から田代智一さんさんを通じて飲んだりしていたけど、『TIGER & BUNNY』以前からそういう感じだった。

冨田僕が田淵くんを紹介してもらったのはよっぴー(吉田尚記)だった。記憶が曖昧だけど、たしかよっぴーと田淵くんがご飯を食べているところに、「紹介したいから」って呼んでもらって。「オリオンをなぞる」の前だったか後だったかも覚えてないけど、この前後だったと思うな。

西原この10周年のサイトにミト(クラムボン)さんと田淵さんの対談が載ってるじゃないですか。その根っこになる現象が、この2012年に起こっていると思っていて。僕たちメディアの扱い方がまさにそうだったんだけど、“あの人がアニソンを書いてくれました”っていう、作品とクリエイターの組み合わせによるセンセーショナルな感じとかプロモーション効果ばかりが先行することで、結果として音楽の良し悪しの責任を作家が丸かぶりするような構図が出来上がってしまったという問題提起。これ、すごくグサっときたんですよね。たしかにそうだよなあ……と。でもそのおかげで、僕たちはそれまでにはなかった分野の人も含めてあっちこっちで取材ができるようになったんだよね。今もこのジャンルで活躍する人はもちろんのこと、前山田健一さんだったりとか、その後別のジャンルで活躍していく人もたくさん取材させてもらった。清 竜人さんとか。

澄川清 竜人さんに関しては、アニソンではないアルバム(『MUSIC』/2012年5月9日発売)も特集してる(Vol.9掲載)。堀江(由衣)さんが参加したんだよね(「CAN YOU SPEAK JAPANESE?」を歌唱)。そのあと、堀江さんのシングル「The♡World’s♡End」(2014年3月12日発売)のときには対談もして(Vol.16.1掲載)。

西原対談といえば、fripSideの八木沼(悟志)さんと浅倉大介さんもあった(Vol.9掲載)。

冨田今は田淵くんがいろいろな声優さんに楽曲提供しているわけだけど、もしかしたら始まりは清 竜人さんだったんじゃないかと思う。J-POPでちゃんと評価をされていて、気鋭のアーティストだった人が堀江さんに「インモラリスト」(2011年2月2日発売)を提供したときに、僕も清さんにインタビューをしたんだけど、とにかく堀江さんはすごい!って言っていて。「堀江さんのライブはエンターテインメント性に溢れていて、僕らの世界では考えられないくらいのことをやっている」と言っていた。

澄川時系列としては2011年に堀江さんのシングル「インモラリスト」があって、2012年に清さんが提供した「CHILDISH♡LOVE♡WORLD」が収録された堀江さんのアルバム『秘密』(2012年2月22日発売)、そして堀江さんや佐藤聡美さんが声優で参加した『MUSIC』っていう流れがあった。

西原2012年だと、WHAT's IN?の編集長をしていた僕の上司が、『キルミーベイベー』でEXPO(山口 優・松前公高)がオープニングテーマをやったことにすごく感激していたのも覚えてる。

澄川山口さんはそのあと『たまこまーけっと』(2013年)の音楽もやってたね。

西原だから、繰り返しになるけど、みんなが「えっ!」って思うようなクリエイターをアニメに持ち込むことが活性化した時代だよね。

澄川ちょっと話はずれちゃうけど、manual of errors(山口 優、松前公高、『たまこマーケット』の劇伴を担当した片岡知子などが所属)を連れてくるとか、こういう感じってポニーキャニオンさんが得意なイメージがある。その後の「A3!」にも繋がっていく感じ。

西原もちろんその一方で、『アイドルマスター』や『ラブライブ!』の作家集団も健在だった。だから2013年にも「クリエイターズⅢ」(Vol.12.1)を出しているけど、結果はどうあれクリエイターの情報は読者に求められていたと思うし、やった意義はあると思う。

澄川編集部としてもクリエイターをしっかり追いかけていこうっていうマインドは強かったしね。

馬嶋今はいろんな雑誌でやってるじゃない? 例えば梶浦(由記)さんの特集とか。2012年当時ってどうだった?

澄川リスアニ!以外ではそんなになかったような。もちろん、supercellとかはryoさんに話を聞くことになるから必然的にクリエイターに話を聞くことになったと思うし、麻枝 准さんに話を聞くとか、そういうのはあったと思う。

西原このくらいの時期から深夜アニメの本数が増えたのも、クリエイターを多く取り上げることに繋がったと思う。別冊の巻頭や巻末にリストが載ってるけど、オープニングテーマやエンディングテーマを何曲も作るアニメが増えてきて、それこそ『アイドルマスター』みたいに1作品で10曲以上が普通になった。だから、作家さんも拾いきれないくらいたくさんいたんだよね。

アニメソングと渋谷系

前田2012年は、花澤香菜さんのソロデビューの年でもあるよね。僕は記事も担当してないし、編集部にそう出入りしていたわけでもないから、リスアニ!編集部の皆さんがこのデビューをどう捉えていたか記憶にないんだけど、どうだったの?

冨田声優カルチャーとは違う、いわゆる渋谷系という90年代に局所的な盛り上がりを見せた音楽シーンのクリエイターでアルバムを作って、今世に出すことがどれだけの意味を持つのだろうか?っていう話はあったと思う。今のアニメだったり声優のファンの皆さんに、(90年代を過ごした)俺たちおじさんたちが喜ぶものがどこまで届くだろう?とか、どう届くんだろう?っていう危惧みたいなものをメディアの人間としては持っていた気はする。

西原翌年に出た最初のアルバム(『claire』/2013年2月20日発売)には渋谷系のすごいアーティストをたくさん揃えてたもんね。

澄川トミーも覚えていると思うけど、「アニソンマガジン」時代に“アキシブ系”(渋谷系音楽とアニメやゲームなどの音楽性をもつ秋葉系を融合したもの)というのがあって。そこまで当時は世間にリーチせずに若干苦い思い出でもあるけどね。

冨田そうそう。あれって、やった価値はもちろんあるけど、いまいち火がつかなかった。

澄川それがここに来てアニソンシーンにも再び波及していったのかなと。

冨田そののちに、渋谷系の音楽に影響を受けていた中田ヤスタカさんのサウンドやムーブメントに吸収されていったように思う。いわゆる“アイドルと渋谷系”みたいなものに。そういう歴史も踏まえて、「今再び渋谷系か……」という思いはうっすらとあったけど、結論としては、花澤さんの声質や表現力を音楽として再現するのに一番適しているのがこの界隈や世代のクリエイターなんだって捉えていったかな。さっきも話に出た堀江さんと清 竜人さんとか、田淵くんが戸松 遥さんに「Q&A リサイタル!」(2012年10月17日発売)を書いたりとか、“垣根”みたいなものがなくなってきたよねって、我々メディア側が敢えて強調して言うようにしていた時期だったように思う。「こういうことができるからアニソンや声優アーティストって面白いよね」っていう主張だね。制作サイドがプロモーション戦略の一環でJ-POPシーンや海外で有名な人を連れてきて声優さんと組み合わせるという狙いもあったと思うんだけど、我々メディアも「つまりは音楽的にも正しいんだぜ」というエクスキューズを付けてその流れに乗っかった部分はあると思う。

澄川ちょっとネガティブな言い方になるかもしれないけど、当時はまだリスアニ!で声優さんを取材することに少しハードルがあったんだよね。始まったばかりの媒体だし、優先順位が低かったというか。それが、我々がアニソンシンガーやクリエイターを中心に取り上げていくんだっていう創刊当時の考えに繋がっていた部分もあると思う。そんななかで、我々の文脈で語れる新しい声優アーティストとして花澤さんがデビューしたから、リリースごとに取材させてもらったっていうのはある。「自分たちが一番上手く語れるはずだから取材させてください!」って何様だっていう(笑)。

西原「リスアニ!TV」のほうでは女性声優の方にたくさん出てもらうことができて、雑誌とTVでうまく棲み分けができるようになっていったのも2012年か。日詰さんって、この時期はリスアニ!だと誰を取材してましたっけ?

日詰Vol.8だと河野マリナさんですね。

西原そうだ。ずっと河野さんの取材をお願いしてましたよね。

日詰「(第4回)全日本アニソングランプリ」の当日、まさにグランプリを獲った直後からですね。

西原当時はオーディションがたくさんあった。

冨田あったね。いろいろなオーディションがあったけど、なんとなく上手くその後に繋げていけないものが多かったと思う。でも、良かった面もあって。というのも今は大規模なアニソン系オーディションがないから、アニソンシンガーになりたい人のパッションの捌け口がないんだよ……。今活躍しているアニソンシンガーたちに話を聞くと、ほとんどの人が「アニソングランプリ」を受けてる。声優さんでも多いからね。唯一「アニメタイアップ」という明確なゴールのあるオーディションが「アニソングランプリ」だったから。僕が今一緒に仕事をしているシンガーにも、「アニソングランプリ」を通っている人は多いし、それがなくなっている今の若い子はかわいそうだと思うし、業界としても寂しいなと思う。

日詰「リスアニ!TV」の企画で河野さんの1stシングルのレコーディングに密着したんだけど、それは個人的にもすごく印象に残っています。普通にライターをやっていると、レコーディングに密着する機会はそんなに多くないですし、1stシングルのレコーディングだったから。

冨田本当の意味でシンガーになる瞬間だもんね。

馬嶋残念ながらお時間が来てしまいましたので、今回はここまでということにして、次回は2013年のリスアニ!TVの思い出から振り返りましょう。

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