アニメ音楽のシーンを中心に活動する、佐藤純一(Key、Cho)、towana(Vo)、kevin mitsunaga(Sampler、etc)による3人組バンドのfhánaから、通算5枚目のオリジナルアルバム『The Look of Life』が届けられた。「Runaway World」「天使たちの歌」といったアニメ主題歌に加え、6曲もの新曲を収録した本作で彼らが掲げたテーマは“戻りつつある日常”に溶け込むような音楽。楽曲ごとに新しいアプローチに取り組むことで、音楽的にも物語的にも、かつてないfhánaの旅路を感じ取れる作品に仕上がっている。人々の生活に明るい希望をもたらす彼らの今のモードについて、メンバーの3人に話を聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――今作『The Look of Life』は、新体制になってからは初のオリジナルアルバムになりますが、最初はどんな構想がありましたか?
佐藤純一 今までのfhánaは壮大な世界観で歌詞も俯瞰した作品が多かったのですが、今回はみんなの“日常”や“生活”に寄り添えるような、優しくて明るい空気感のアルバムにしたい、という気持ちが最初にありました。前作のアルバム『Cipher』(2022年)は2020年以降の時代背景、先が見えない重苦しい雰囲気もあってシリアスな作品になったのですが、今はその頃に比べたら、すべてがハッピーというわけではないですが、世の中的にも開放感があって、ワクワクのある生活が少なからず返ってきたと思うんです。それはfhánaの活動においても言えることで、大変だった時期を乗り越えて、新体制で新しい冒険に出るような感覚、何かに抗ったり戦うのではなく、楽しさや優しい気持ちがメンバーにも戻ってきた。その意味で、アルバムのテーマは“life is coming back”だなと思っていたんです。
――“life is coming back”というのは、小沢健二さんの代表曲「ラブリー」(1994年)に登場する印象的なフレーズですよね。
佐藤 そう、あの曲は『犬は吠えるがキャラバンは進む』(小沢健二が1993年にリリースした1stアルバム)を経てワクワクドキドキする気持ちが返ってきた瞬間を表した楽曲でもあると思うのですが、今の僕たちも大変だった時期を経て、やっと生活に彩りが返ってきたので、その喜びや安らぎのようなものを表現したかった。それってつまり“life is coming back”なのでは?と思ったんです。高校生の頃に聴いていたときは特に何も思っていなかったのですが、大人になるにつれてすごく良いフレーズだなと感じていて。
――そういえば今年は「ラブリー」が収録されたオザケンの2ndアルバム『LIFE』のリリースからちょうど30周年ということで、8月には日本武道館で再現ライブも行われました。
佐藤 自分もチケットを申し込んだのですが外れました(笑)。で、そこからアルバムタイトルを考える段になったときに、fhánaの作品には「What a Wonderful World Line」(2016年)や「愛のシュプリーム!」(2021年)のように、過去の名曲や名作をオマージュしたタイトルが多くあるので、今回もバート・バカラックの「The Look of Love」っぽくていいなということで、“生活の彩り”という意味合いも込めて『The Look of Life』に決めました。あとは、ちょうど『ルックバック』の映画を観た頃だったというのもあります(笑)。
――towanaさんとkevinさんも、今回のアルバムは先ほど佐藤さんがお話されていたような、日常に寄り添うような内容にしたかった?
towana はい。というか、後ろ向きな意味ではなく、それ以外に作りたいものはなかったです。日常はイコール人生なわけですけど、シリアスにならず、肩ひじ張らずに、人生を描くアルバムを作りたいなあという思いはありました。
kevin mitsunaga 僕に関しては、特に最初からそういう強い思いがあったわけではないのですが、fhánaは10年以上活動している中で、基本的には壮大かつ広がりのある世界観で楽曲を作ってきたところがあるので、単純にそれとはまた違ったアプローチで楽曲を作りたいと思いました。最初にアルバムの打ち合わせをしたときも、今までのfhánaではやらなかったことやってみよう、という話をしていて。実際にこのアルバムではそれを実現できたと思っています。
――アルバムの幕開けを飾るインストの小品「Introduction (life is coming back)」には、先ほどお話いただいた“life is coming back”というワードが冠されています。
佐藤 今回のアルバムはオープニングっぽいインストから始まって、表題曲に繋がる構成にしたいと思っていたんです。そのうえで“life is coming back=生活が戻ってきた”ということを表現したかったので、街に出てフィールドレコーディングした音源やメンバーの日常の会話の声を使いつつ、基本的に明るい方向性のサウンドにすることで、温かい日常が返ってきたことを表現しました。
kevin フィールドレコーディングを入れたいという話は楽曲を作る前から佐藤さんが話していて。そこから僕の趣味嗜好で細かくて速い打ち込みを入れて、それに佐藤さんがコード進行やベースラインを入れて、僕が再度調整して出来上がった曲になっています。
――そこからアルバム表題曲の「Look of Life」に繋がるわけですが、印象的なギターリフから始まる爽快かつストレートなナンバーで、これまでのfhánaの流れからすると新鮮でした。
佐藤 これは紆余曲折を経て着地した楽曲で。明るいアルバムを作りたいとなったときに、最初にイメージにあったのは3rdアルバムの『World Atlas』(2018年)だったんですね。あのアルバムのツアーの頃から、僕らがライブや作品を通して表現している“ひとりひとりが旅を続けていく”というコンセプトが生まれて、それが今のfhánaの流れを作った。そのアルバムの表題曲だった「World Atlas」(2018年)みたいな曲を作りたいと最初は思っていたのですが、なかなか納得いくものができなくて。で、次に考えたのが「僕を見つけて」(2019年)のことで、あの楽曲はレクイエムの要素が強かったのですが、その明るいバージョンという方向性で作り始めたものの、これもなかなかいい感じにならず(苦笑)。それで悩んだあげく、ピアノを弾いていたら、ストレートでポップな今の「Look of Life」が出てきて。たしかにこの楽曲はありそうでなかったんですよね。これだけストレートな楽曲であればアルバムのリード曲にも相応しい、というところもありました。
――歌詞の内容を含めてお二人の印象はいかがでしたか?
towana 最初は1サビで“一度は諦めたけれど 諦めきれずに”というワードが出てくるのが、ここで流れが止まってしまう感じがして、佐藤さんにもそのことを伝えたんですよ。そうしたら(fhánaの楽曲の歌詞を多く手掛けている)林(英樹)さんがもう一案出してくれたんですけど、やっぱり最初の形が良かったのでそのまま行くことになって。林さんの歌詞に違和感を覚えたことは今まであまりなかったのですが、この曲でそれを感じたのは、多分、視点が変わったからだと思うんです。今まではもっと俯瞰の視点で書いていたけど、今回は日常や生活に立って書かれているので。その意味でもメッセージ性が強い曲だと思います。あとはしょっぱなのギターのリフの音色が好きです。
佐藤 ギターは今回も中西さん(HoneyWorks)が弾いています。
kevin 今、towanaさんから歌詞の視点の話がありましたけど、実際に今回のアルバムはこの楽曲に限らず、fhána史上いちばん等身大だと思うんですよね。その意味でこの曲もすごく新鮮でした。今までの歌詞は物語っている感じだったのが、もっと個人的なレベルに近づいている印象があって。
――towanaさんも歌うときの心持ちに今までとは違う変化があったのでは?
towana 林さんは歌詞の一人称に“僕”をよく使うんですけど、その“僕”の距離感が今までよりも近い感じはしました。“一度は諦めたけれど”というフレーズにせよ、きっとみんなの人生にもあったはずだから、聴いている人それぞれの歌になっていくんだろうなと思います。
佐藤 この楽曲の歌詞は僕も掴みかねていたところがあって。何かを失って、それを取り戻そうとしている人が描かれていて、今までよりも指向性が狭い歌詞なんですよね。towanaの意見もあってもう少し普遍的で抽象的な案も出してもらったんですけど、そうすると今度は輪郭がぼんやりしてしまったんです。こっちのほうがピンポイントで心を掴んでくるものがある。今までのfhánaの楽曲であれば、再会できるとしても魂レベルの話で、実際に再会できることはないのかな、という感じだったのですが、この「Look of Life」は物理的な意味での再会もあるかもしれない、と感じさせる部分があって。その意味で人生を感じさせる楽曲だと思いましたね。
――アルバムの3曲目「city dream city」はハイテンションなアップナンバー。こういう勢いに乗って盛り上げるタイプの曲もfhánaとしては珍しいですよね。
佐藤 この楽曲は時間がなかったがゆえに瞬発力でできた曲ですね(笑)。ある種、いびつなまま完成させたんですけど、それは最初のデモからそうで、歌詞やアレンジもそうでした。イメージとしては、Creepy Nutsみたいな曲を作りたいと思ったんですよね。早口の歌でリズムがクラブミュージック寄りっていう。サビの「デッ、デッ、デッデッデッ」というリズムはまさにそうで。
kevin ジャージークラブですよね。
佐藤 そういうのもありつつ、Aメロのコード進行はRIP SLYMEっぽさがあったり、サビのコード進行も引っ掛かりが欲しくて最初のものから変えたらindigo la Endの「夏夜のマジック」と同じコード進行になったんですね。本来ならもっと検証しながら整えていくんですけど、とにかく時間がなかったのでその余裕もなく。でも、towanaの歌が入った瞬間に「すごくいいじゃん」となりましたね。
kevin 時間がなかったからこそ大胆な判断で、思い切りよく作ることが出来て。それがいい方向に作用した楽曲だと思います。
佐藤 林さんの歌詞も1日で書き上げてもらったんですよ。翌日にレコーディングしないと間に合わないタイミングの夕方に楽曲が出来上がったので、林さんにはその翌朝までのお願いで書いてもらって。だから歌詞も半分ヤケクソみたいな感じなのですが、それがまた新鮮な楽曲になりました。
――歌詞に“午前2時 夢を見てる”“いつもこんなハイテンションに なれるわけない常識”とありますけど、まさに深夜のテンション感で書いたのかもですね。
towana 林さんもかわいそうだし、Rec当日に歌詞をもらって勢いで歌うしかなかった私もかわいそう(笑)。練習する暇もなかったので、もうやるしかない!と思って。本当に勢いでできた曲です。でも、私、こういう曲は得意なんだと思う。
kevin たしかにレコーディングした音源を聴いたらめちゃくちゃ歌が良くて。ハマってると思いました。
佐藤 kevinの作ったトラックもいいんですよね。
kevin 佐藤さんからは「とりあえずノリノリにしてほしい」と言われたので、じゃあやるしかないなと思って。クラブミュージックのアプローチを結構取り入れて、使っている打ち込みの音源も、クラブサウンドに向いてるものをガンガンに使っています。大胆で個人的にも好きな曲になりました。アルバム全体を通して言えることですけど、この曲が入っていることで新しいfhánaを感じ取ってもらえると思います。
――4曲目には既発曲の「Spiral」を収録。それに続く「天使たちの歌」は、2024年夏クールに放送されたTVアニメ『義妹生活』のOPテーマでした。
佐藤 この「天使たちの歌」があったから、今回のアルバムは優しい内容にしたいと思ったので、起点になった曲でもあります。fhánaとしても、恋愛ものアニメの主題歌を作るのは、『僕らはみんな河合荘』のOPテーマ「いつかの、いくつかのきみとのせかい」(2014年)以来だったのですが、自分で言うのもなんですけど、やっぱりfhánaはこういう世界観が合うんですよね(笑)。特にAメロの感じがすごくお気に入りです。
――開放的で聴いていると優しい気持ちになれる曲です。
佐藤 最初にこの楽曲のデモを提出したとき、上野(壮大)監督から、「『義妹生活』はどこにも行き場のないもどかしさを描いた作品なので、それに対してこの楽曲は眩しすぎるのでイメージと少し違います」というお話をいただいたので、実はもう少しマイナー調で明るすぎないバージョンも作ったのですが、結果的に最初のバージョンが採用されることになって。これは上野監督のインタビュー記事で知ったのですが、最初は“天使”というモチーフも『義妹生活』に合わないと感じていたらしいのですが、最終話までの脚本が完成した時点でもう一度この曲を聴いたら、主人公(浅村悠太)とヒロイン(綾瀬沙季)の2人が失ってしまった、あるいは、あったかもしれない生活の温かさを感じたみたいで、その失ったものを再生していくという視点で受け取って号泣されたらしいんですね。それを知って、アニメソングを作らせてもらっている身としてはすごく嬉しいし光栄に思いました。この曲ではtowanaがこれまででいちばん優しく歌っていて。
towana 事前に「明るすぎず」と言われていたので、声を張らずエアリーな感じにすることで切ない感じを出そうと思って歌った結果、かなり優しい歌い方になりました。自分的にはもっとパーンと声を出せるんだけど、あえてそうしないように歌った曲です。
――そこから「Last Pages」「Turing」「Runaway World」を挿み、9曲目にはkevinさんが作曲・編曲を手掛けたダークな色合いの新曲「Matching Error」が収められています。
kevin そもそも僕は明るい曲や祝祭感のある曲が好きで、こういうダークな側面の見える曲はあまり作ったことがなかったんですよ。そんななかで今回のアルバムの制作会議を行ったときに、あえてマイナー調縛りで作ってみようという話になって。結果、自分でも満足できるものができましたし、towanaさんの歌唱力のおかげで良い意味で悪い感じの曲になったと思います(笑)。妖しい感じの悪女と言いますか。歌詞の内容に関しては佐藤さんと林さんにお任せしたのですが、作っているときに「ここは歌詞をハメるなら英語だろうな」と思っていた箇所が実際に英語詞になっていたので、流石だなと思いました。
佐藤 最初はブリトニー・スピアーズの「Toxic」みたいな感じにしたいという話をしていて。
kevin そうそう、どこか毒のある感じというか。今までのfhánaにはなかった感じですし、多分ファンの人たちもめっちゃ新鮮に楽しんでもらえるんじゃないかなと思います。ライブでtowanaさんがどう歌うのかも楽しみですね。
――この曲は一人称が“僕”ではなくて“私”ですが、towanaさんはどんなイメージで歌いましたか?
towana 私は元々こういうダークな感じが好きなんですけど、fhánaでは今までやっていなかったので、これを機にもっとやりたいと思ったくらいで。私、fhánaで爽やかな歌ばかり歌っているから、そういう人に見られがちなんですけど、全然ダークなので、楽しく歌うことができました。
kevin アハハ(笑)。
――towanaさん的には、この楽曲の歌詞で描かれる人物像をどのように捉えていますか?
towana すごく虚しさを感じます。寂しそうだよね、この人。逃げ場がない感じで。
kevin たしかに。“涙”とかのワードも出てくるし、サビでは“私あなたを想うほど沈んでいく”って歌ってるからね。
佐藤 林くんと歌詞の話をしていて面白かったのが、1Aの“だっていつまでも ちっとも流れてこない あなたのことは”のところで。ここは最初、「あなたのことを検索しても全然ヒットしない」みたいな感じの歌詞だったんですよ。でも今は検索よりもSNSで情報が勝手に流れてくる時代だから、今のフレーズに変更したというのがあって。
kevin たしかに“流れる”というのは現代ならではの表現ですよね。今は流れるフィードを眺めるような感じだから。
――「Matching Error」というタイトルなので、マッチングアプリもモチーフになっているのかなと思いました。
佐藤 そうですね。マッチングアプリは、年収や学歴といったデータを元にマッチングさせるので、相手に対しての実在感というよりも数値上の存在というイメージもこの歌詞には込められていて。でも、話によるとマッチングアプリで結婚したカップルのほうが、自由恋愛で結婚した人たちよりも、離婚率が相当低いらしいんですよね。最初の出会いの時点でお互いの利害が一致している人同士がマッチングするシステムだし、最初から結婚を目的にしているから離婚しにくいらしくて。
kevin なるほど。ただ、この曲の歌詞の人は上手くいってない感じですよね。
towana エラーし続けているからね(笑)。